第230期 #8
スクリーンには雑木林。その一角に近づいていく。映像が揺れ、ざくざくと木の葉を踏みしめる音がする。陰溜まりに一軒の小屋が建っている。壁は剥がれ、屋根も崩れ、緑に飲まれつつある廃屋。黒く塗りつぶされた入り口に踏みこみ、瞳孔が開くようにカメラが暗順応する。闇のなかに浮かび上がる、ちぎれた足、折れた腕。バラバラ殺人? そうじゃない……人間は、あんなところに目はついてない……皮膚から歯は生えてない……人間じゃない。胸に鼻が埋もれ、隣には何か赤黒い臓器が脈打つように動いている。生きている! 目蓋のない眼球、伸び縮みを繰り返す指、爪に覆われた耳。
「どうしてそんなに驚いているの?」セイコが訊ねる。
だって、これ……何なの、この映像。
「何って、鏡よ」ハクコが答える。
鏡?
スクリーンのなかにケッコが立ち、こちらを覗きこむ。手には肉塊が映った画面を持っていて、傾けると、きらりと光を反射する。それは画面じゃなくて鏡で、つまりそこに映っているのは……。
「ねえ、どうして自分の姿に驚いているの?」
悲鳴。掌に開いた、歯のない口が叫ぶ。私が変形していく。私は悲鳴を見ていた、瞼のない眼球で。私は光を聴いていた、爪に覆われた耳で。誰かがからだをちぎっては貼りつけ、ちぎっては貼りつけて私を作ったんだ。誰が?
セイコがカメラを構え、レンズ越しに私を覗く。やめて、撮らないで、私は唸ることしかできない。吸いこまれるようなレンズ、その丸い球面の向こうに暗い部屋がある。学校の視聴覚室。まんなかに少女が一人、うっすら照らされた顔でこちらを窺っている。私のもとになった人間。目を大きく開き、息を飲むのがわかる。
「どうしてそんなに驚いているの?」ハクコが訊ねる。
だって、これ……何なの、この映像。少女は嫌悪感も露わに答える。
「映画を撮ったの」ケッコが囁く。
「視るものと聴くものを反転させる映画」とセイコ。
「視るものと視られるものを反転させる映画」とハクコ。
「聴くものと聴かれるものを反転させる映画」とケッコ。
意味が分からないよ、と少女が苦笑する。
「観ればわかるよ」
「あなたがどうやって声を視て」
「どうやって光を聴くのか」
かつて私の頭だった部分からカメラを構えたセイコが、腹からは照明器具を抱えたハクコが、足からは脚本を片手にケッコがずるりと這い出した。三人は笑いながら廃屋を後にする。残された肉塊は少しずつ崩れ落ちていく。