第230期 #9

土星の周りには寿司が廻っている

土星の環にはどうやら寿司が回っているらしいとNASAが発表してから、原子核の周りにサーモンとアジが回ってるという論文がネットで話題になり、やがて至る所で寿司が回り始めた。
回転する寿司のシンクロニシティ。僕としても大いに興味をそそられるのだが、学部一年生には必修のドイツ語やらバイトやらサークルやら忙しすぎるし、しかも僕は、明日に同級生の女の子との初デートを控えている。

レポートを早々に終わらせて美容院なるものに行く計画は、レポートが全然終わらなくて頓挫した。焦る僕の頭上、無情に回る時計の針。さらに、寿司まで回り始める。
え、マジで?
時計の文字盤の上、秒針に合わせて、重力完全無視のタコといくら軍艦の乗った皿が回っていた。僕は慌ててスマホを手繰り寄せ、写真を撮ってTwitterに上げて……無性に寿司が食いたくなった。

予想通り、近くの回転寿司屋の待合には家族連れが一組と、一人の女性がいるだけだった。
ただ、悠々と受付を済ませ、待合席に座った僕の目の前に、明日デートするはずの女の子がいた。
「あ」
「あ」
その後の僕の発言が正解だったのかどうか。
「その……一緒に食べる?」


僕よ。状況を俯瞰せよ。
初デートの前日にその相手と回転寿司を食べている。相手は既に三皿を食べ、四皿目を探している。悪くはないのか? どうなんだ?
「食べないの?」
「今、アナゴを待っているんだ。太いヤツをね」
「そうなんだ。私はとろサーモン待ち」
彼女は嬉しそうに言う。そう、こういう無邪気な感じが良いんだよな。
「美味しいよね。サーモン」
「うん。でも回らない寿司には流れてないんだって」
「そうみたいだね」
行ったことないみたいに言っちゃった。行ったことないんだけれども。
でも彼女は全然気にしてないみたいで、とろサーモンを待ちきれずに、次に来たサーモンを取っている。次の話題、話題……。
「あの、うちの時計でさ、回っちゃって。あの寿司が」
そう言って差し出したスマホに、向かいの彼女が身を乗り出した。
顔が近い。良い匂いがする。
「実は私も……」
僕のスマホの隣に彼女のスマホ。そこには手作りっぽいホールケーキの上で寿司が回っていた。
「うわ。これ手作り?」
感想!って……あれ、一つ、寿司のない皿がある……。

「これって……もしかして、サーモン?」
彼女は赤くなって俯いてから、少し上目遣いで僕に聞く。
「だめ、かな?」
いいです。全然いいです。なんなら、もう愛してる。



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