第228期 #2

ババーシッチュ

「ああー、久しぶりだねえ、ときに私はあんたを知っておったか」
「ああー、最近物忘れが激しくてねえ、どこかで会ったような」

 いらっしゃいませ。おひとりですか、と問うとババアは黙って奥のテーブル席を指さしたので、ウェイトレスはてっきりそこに一人で座っているアナザーババアと友達なのかと思い席に案内したがどうも二人は初対面のようだ。

「私は息子とトラブルがあって、今は〇△スーパーの近くに一人で住んでいて。あなたは?」
「私はこの近くの団地に住んでますわ」
「ああー、そっりゃいいねえ、なんかい?」
「なん、なに?」
「いや、何階に住んで居らすと」
「ああー、二階に住んでいる」
「ああーそりゃいいねえ、高すぎない。私は息子とトラブルがあってね、今は〇△スーパーの近くに一人で住んでいて」

 ウェイトレスが水を持ってくるころには二人はすっかり打ち解けていて、しかし話の内容はお互いの住居の確認から一歩も進まない。が、コーヒーを出すころには横のテーブルで大声で医療費の話をしていたジジイ二人がそこにコラボレートしていた。
「二階ならあんた膝とかは大丈夫なの、杖もついてらっせんようだが」
「いやあ、手すりを持って、二階だから、大丈夫で」
「ああー、そりゃいいねえ、高すぎない。私は息子と」
 ババアは自分のコーヒーに付いてきた豆菓子を食べ終え、さも当然といったようにアナザーババアの豆菓子に手を出す。アナザーはそれをとがめることなく少し話の調子を変える。
「料理といえば息子が好きなのが私のシッチュでねえ、シッチュシッチュと」
「シッチュ?」料理の話など誰もしていなかったわけだが、角刈りのジジイが合いの手を入れる。
「鶏肉入れて白いシッチュを作るんよ。大根を入れるとすごい怒るの」
「今は作ってやらんの?」
「今は息子とトラブルで」
 はて、とアナザーはまだらになった記憶で自分のエプロンの裾を引く栗坊主みたいな息子と、アナザーに冷たい言葉を浴びせる息子が結びつかず当惑する。
「また作りないよ、シッチュ」
 ババアが促す。
「そうだねえ、シッチュ、作るかねえ」
「でも大根はないで。大根は」
「そうかねえ、おいしいんだがねえ」
 ババアとジジイの笑い声が広がる。ウェイトレスは祖国で祖母が作るポソレを思い出し深く息を吐いた。そっとババアのテーブルに豆菓子のお替りを置いたが、それは店長にあとできっちりとがめられた。



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