第226期 #4
一年ぶりに冷蔵庫を開いたら、中に洞穴のような道ができていた。
中に入ると最初はヒンヤリしていたが、暗い洞穴をしばらく進んでいくとだんだん暑くなっていく。
このまま進むべきかどうかを考えながら歩いていたら、前方にまぶしい光が見えてきて、突然、洞窟を抜けた。
「夏の世界へようこそ!」
そう声がするほうを見ると、青いハッピを着た中年の男と若い女が、笑顔で立っていた。
周りの風景は、砂浜や、パラソルや、照りつける太陽なんかがあって確かに夏みたいだ。
「われわれは、夏に恋してるあなたを案内する役割を与えられた者です。なんなりと、ご要望や、ご命令をお与え下さい」
なんだか変な人たちだなと思ったので、軽く会釈をしてその場を離れたのだが、彼らは五メートルほど後ろをずっと付いてくる。
「あのう、私はただ冷蔵庫の中の、この変な世界に迷い込んだだけなのですが……」
私がそう言うと、青いハッピの二人は顔を見合わせて何かを話し合った。
「ああ、そういうことね」
青いハッピを着た若い女性が、急に態度を変えてそう言った。
「あなたは〈夏の住人〉ではないのね?」
「たぶん違うと思いますが」
「それじゃあ全然用はないから、さっさと消えて」
私は少し不愉快な気分のまま、洞窟の外に広がる夏の世界とやらをしばらく散歩した。
砂浜を歩いていたら、陸の方に古い民家が見えてきたので立ち寄ってみると、家の縁側から、背を丸くした老婆が姿を現した。
「よくおいでくださった」
老婆はそう言うと、麦茶を出してくれた。
私は礼を言って縁側に腰掛け、麦茶の入ったグラスを手に持った。
「ところで、青いハッピの人たちが言っていた〈夏の住人〉とは何なのですか?」
私がそう質問すると、老婆の顔が少しこわばった。
「そ、それはな、夏という季節に青春のすべてを捧げた尊いお方のことであるが、そうでない人でも、一億円払うとその権利を得ることができるというプランです」
私は麦茶に口を付ける寸前でやめ、グラスを床に置いた。
「でも〈過ぎし夏を懐かしむ人々〉というプランであれば、今ならたったの千円で登録可能ですよ」
目の前の老婆は、発言をするごとになぜか若返っていって、気づくと三十代ぐらいの女性になっていた。
「ところで、この麦茶は無料でいただけるのですか?」
「いいえ、そうじゃありませんが、〈夏に良い思い出がなくてむしろ憂鬱になる人々〉というプランなら完全に無料です」