第221期 #9
〈諦めないで。貴方の勇気が皆を救うの。きっと貴方が皆を救うの〉
少女の歌声が聞こえる。日本人なら誰でも知っている歌だ。
彼女の名前は日輪ルル。日本で一番有名なアイドルである。テレビやネットで彼女の姿を見ない日はない。
ただし、彼女は普通のアイドルではない。人工的に作られ架空の存在――バーチャルアイドルなのだ。
ルルが世間に登場した時は、何処にでもいるその他大勢の一人に過ぎなかった。それがあっという間に有名になり、その曲やダンスはあらゆるメディアで流されるようになった。
ルルは老若男女に愛された。不思議なことに、アイドルに興味を持ちそうにない世代にまで。
僕も彼女の大ファンで、その歌声に聞き惚れ、真剣に応援していた。
日本武道館で行われたライブを、今でも鮮明に思い出せる。ステージ上の3D映像の彼女に、僕は必死にペンライトを振ったものだった。
そんな人気絶頂だったルルが、ある時からやや過激な発言をするようになった。政治や思想に関わることだったが、炎上はしなかった。一瞬で火消しが行われたからだ。
いつしか僕達の間には、「ルルの言うことを批判するのはダサい」とでもいうような雰囲気が出来ていた。下手に彼女を批判すれば、袋叩きにあってしまう恐さもあった。
僕達は、ルルの言葉を何の抵抗もなく受け入れるようになっていた。その言葉の意味など深く考えもせずに。
政府は、政策のアピール等に積極的にルルを利用した。「その為にルルは作られた」、「特殊な波長の声を使っている」と語る陰謀論者達もいたが、彼等のアカウントは一瞬で永久凍結された。だから真実は、いまだに謎のままである。
消費税の引上げ、リスクの高い経済協定の締結、挙げ句の果てには隣国との局地的紛争まで、可愛らしい少女の声で、政府は国民に納得させようとした。
考えてみれば、酷く馬鹿げた話である。
だが、それを真に受ける程に国民は馬鹿だったのかもしれない。
かく言う僕も、今は外国の戦場の真っ只中にいる。ペンライトを自動小銃に持ち替えて。
隠れている壁に、敵兵の銃弾が当たる音と振動が、僕の恐怖心をかきたてる。部隊はバラバラになり、僕は孤立無援となっていた。
ルルの歌が聞こえる。この銃声、爆音の中で聞こえる訳がない。だから、これはきっと幻聴なのだ。
でも、嗚呼、ルルの歌が聞こえる。
〈諦めないで。貴方の勇気が皆を救うの。きっと貴方が皆を救うの〉