第22期 #22

マジカル・マナ

「行くのよ、マジカル・マナ」
 凛とした母の声を聞き、「分かった」と力なく言って私は電話を切った。藤沢君は落ち着かなそうに頬を撫でている。
「あの、ごめんなさい、うちのお母さん、急に具合悪くなっちゃったみたいで、私、行かなきゃ」
「え……あ、そっか、そうなんだ、急に。えっと、あの、送っていこうか?」
 頬に手をあてたまま藤沢君が言う。
「いや、いいの、大丈夫。ホントごめんなさい、また、メールするから、あの、それじゃ」
 私は頭を下げながらくるりと藤沢君に背を向けて、駅へと急いだ。
 ああ、なんということだろう。せっかく映画に誘われたのに、これだなんて。今はまだこんなウソが通用するかもしれないけど、いずれきっと怪しまれる。前の彼には、「不可解な行動が多すぎるんだよ」と別れを告げられたのだ。
 電車に乗り込み、目的地へと向かう。多瑠町に妖械が現れたそうだ。東京制圧をたくらむ妖乃木博士の発明品である。
 ああそれにしても、二十六にもなってマジカル・マナだなんて、我ながらぞっとする。

 多瑠百貨店の裏に妖械はいた。バレーボールに小さな手足が生えたようなやつで、手の先はハサミのようになっている。そのハサミでゴミ袋を切ろうとしているみたいだが、切れ味が悪いのか、ぜんぜん切れてない。母の電話によればフクロヤ・ブールという名前だそうで、あいかわらず母のネーミングセンスにはあきれる。自分の発明品がこんな名前で呼ばれていると知ったら、妖乃木博士も浮かばれないだろう。
 周りに人がいないのを確認してから、ブレスレットを外し、手のひらを妖械に向けた。
「マジカル・バラ・バラ」
 フクロヤ・ブールはバラバラに崩れた。あいかわらず弱い。
 しかし私はいったいあと何年マジカル・マナでいなきゃいけないのだろうか。娘を産んでその子が十歳になるまで、マジカルーラの座を捨てることはできないのだ。母は私を十八で産み、二十八でマジカル・タエを引退している。私は、そもそもこんな調子で結婚なんてできるのだろうか。考えたくもない。
 バラバラになった機械くずを集めて、燃えないゴミの箱に入れた。先ほどのゴミ袋を見てみると、ハサミの跡がついている。何重もの線になっていて、いまにも破けそうだ。がんばったのだろう、もう少し待ってあげたらよかったかもしれない。
 ふと、つられるように、ゴミ袋に手が伸びた。ハサミの跡に爪をあてすっと引くと、ピリリと破けた。



Copyright © 2004 川島ケイ / 編集: 短編