第22期 #21

花を抱えて

 春が過ぎると女は急に仕事を嫌がるようになり、私の家に転がり込むと、狭いベランダにプランターをずらりと並べて花を育て始めた。娼婦がセックスを嫌がっているのだから家にいても他にやることも無く、始終プランターに向かって水をぼたぼたと注ぎ続けている。昔は私がどれだけ止めても夜の街へ出て行って、安っぽく光る黒のドレスで男を誘い、路地裏の暗がりの中で安ホテルで男達とセックスをして、はした金を稼いでいたものだったが。赤。黄色。目の覚めるような青。眩しく輝く白。花は数え切れぬほど咲いた。どれも見事に育った。
 旅行にでも行くか、と私が尋ねると、行っても良い、と女は答えた。
 私は懇意にしている画商に大半の絵を売って、その金で船の切符を手に入れ、ホテルを手配した。特等船室でゆったりと出掛け、初夏の景色を楽しみながら遺跡巡りをし、それから三ツ星のスイートルームに泊まるのだ。
 出発の朝、女は花を持っていくと言い張った。荷物になるよ枯れてしまうよと説得したが女は全く言うこと聞かなかったので諦め、じゃあ好きにするが良いよ何しろ君の花なのだから、と言った。私は両手に荷物を抱え、女は両手に赤い花の咲いた小さな鉢を抱え、玄関を出た。花はとても綺麗だった。
「乾杯」
 きらきらとシャンデリアが眩しく輝く食堂で、わたし達はディナーを取った。弦楽四重奏の生演奏が流れる中、豪華な料理が次々と目の前に並んでいった。酒はどうするのか、と尋ねられ、わたしはワインを頼むことにした。
 二人で暮らすようになると安酒にはとても耐えられなくなってしまった。一人でいるならどんな貧乏にも耐えられたが、絵さえ描いていれば満足だったが、何も食べずに、私は絵を描き続けていたものだったが、二人でいると、ちょっとした貧乏くさいことでも心が軋んでしまうようになった。安酒などには私はもうとても耐えられない。
「なるほど、これは良いワインだね」
 一息に飲み干して私は言う。十年以上にわたって描き続けてきた絵で得た金が一口で消えていった。
「ありがとう御座います」
 初老の給仕はそう言って微笑むと私のグラスにワインを注いだ。
 女は鉢をテーブルに置いた。ようやく鉢から手を離し、グラスを手に取る。
「ねえ明日はどうするの?」
「決めて無いよ」
 私はグラスを手に取り、答える。
「これから決めよう」
 そうね、と女は答える。女の育てた花を見ながら、私達は料理を食べ始める。



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