第22期 #23

さまよい街

 電車を何本も乗り継いで駅を降りたまではよかったのだが、どうやら東口だと思って降りたところが西口だったようで、気がついてみると、手元の地図とはまるで合致しないところを歩いていた。多少詳しくかいてもらったとはいえ、手書きの地図だったから、迷ってしまった今となってはまるで役にたたず、はなから無いのも一緒だった。もう一度駅まで戻れればよいのだが、帰り道が解かるようならば迷ったとは言わないわけだし、人に尋ねてみようにも、さきほどからやけに閑静な住宅街にはいっていて、煙草屋一つ見当たらないからそれも適わない。まさか、見知らぬ家のチャイムを押して、訊いてみるわけにもいかないから、どうにも弱ったとしかいいようがない。まあ、幸いなことに朝一番で家を出てきたからまだ日は高く、昼を少しまわったくらいで日が暮れてしまうという心配はまだ当分しなくてすみそうだ。そういえば、腹が減っていなかったから忘れていたが今朝からなにも食べておらず、とはいっても目的地にたどりつければ、酒の一杯も酌み交わすことになるだろうし、それまでのお楽しみにしておいてよいだろう。なにせ彼の細君は料理が美味いので有名で、いまどき出来すぎた女房をもらったものだと冷やかしの種になるほどなのだ。
 しかしその料理も彼の家に着くことが出来なければ喰うことが出来ないのだから、どうにか道を見つけなければならず、弱った弱ったと思っていると、踏切の警報機が鳴る音が聞こえてきた。しめた。踏切があるということは当然線路があるということで、これでどうにか出発点に戻ることが出来そうだと、音のした方に歩きだすのだが、いくらもいかないうちにぱたりと音が止まってしまって、そうなってみればどこから聞こえてきていたものやらまるで解からない。さてはて、これでもう手がかりはまるでなく、いよいよもってその辺の家のチャイムを押して訊いてみるより他にないかもしれない。
 それにしても誰か一人くらい通りかかってもよさそうなもので、と思った途端に向こうから人がやってくるようすで、これは道を訊ねてみるのに恰好だと待ちかまえていると、それはこれから訪ねるはずの彼自身に他ならず、おおいと呼び止めた彼の顔がひどく驚いて蒼褪めているほどだったのはなぜだかまるで解からない。



Copyright © 2004 曠野反次郎 / 編集: 短編