第21期 #23

馬切茂作

 百姓茂作は初陣で小便を洩らした。ふんどしから尿をシトシトたらしつつも、ひたすら南無阿弥陀仏をとなえ、滅茶苦茶に槍をブンまわしていると、そこへ不運にも踊りかかった名のある侍大将の、ただし乗馬の首に当たってしまった。肉を突いた手ごたえにあわてふためき、茂作は一目散に逃げ出した。手負い馬にふり落とされた武士は、ほかの連中の袋だたきにあって死んだ。小便のぬかるみのなかで。
 仏の冥助であろうとみながたたえた。茂作の槍は「馬切」と呼ばれた。しかし当人は小便のことばかり悔やんでいるのだった。
 だから以後、いくさにのぞんでは小便を洩らさない程度の奮闘に徹して、つまり敵などいない場所で慣れぬ槍をブンまわすことにした。そのうちに彼の属する一揆は仏の冥助か連戦連勝、どんどん人が増えるとともに、茂作の無意味な活躍の場も増え、ついにはまったく活躍しなくなった。
 今度のいくさも茂作に戦意はない。小山の中腹にぼんやり腰をおろして、頂上にいる幹部連の怒号と、ふもと遥かにとどろく敵味方の叫喚とのあいだで、しかし彼は地面に列なす蟻をながめている。
 これまでの野戦とちがって、さすがに勝てまい。平地の平城とはいえ、坊主のひきいる百姓が、武士の守るそれを落とせるわけがあるまいと、ハナから茂作は決めつけていた。
 ともに参じた村の仲間はみなとっくに死んだ。一向宗徒だからというよりも、村へ帰るに道づれがないから茂作はここにいる。ここで死んでもいいような気はするが、風にかすかににおう血のかおりにすら尿道がうずくのだ。小便を洩らしながら死ぬのはいやだ。
 視界を蟻たちが去ったころ、戦況は急転したらしい。太鼓の合図が教えてくれた。やがて、わめきながら小山を駆け登る者がある。
「城主どの御自害」
 武士は大変だ、と茂作は思った。馬切を杖にようやく立ち上がり、かなたを見れば城から煙が一すじ二すじ。今は叫喚も絶えて、妙に静まりかえっている。
 山を下りて野を歩く。そこは人馬の足にたがやされた屍体畑だった。半裸の百姓と鎧のさむらい、ほとんどが前者だ。点々と転がる死相ににらまれて、しぜん歩きかたがおかしくなる。
 股間をおさえて尿意をこらえ、城に着いたときにはクタクタだった。門を入ると今度は武士の屍体で足の踏み場もない。思わず南無阿弥陀仏と口ばしり、茂作は槍で死人をかきわけ、酒盛りの気配を目ざした。このとき初めて馬切は、人血にけがれた。



Copyright © 2004 紺詠志 / 編集: 短編