第21期 #22

言いたいこと

 高いところに登ると遥か遠くまで見渡せてしまう。実際はそうではないというのに、何となくその光景が全て自分のものだと勘違いしてしまうなあ、と里美は思った。
「もうダメだわ、さとちー。暗くなっちゃった」
 花水木という名の友だちが、屋内展望台に備え付けてあった双眼鏡から目を離す。渋い顔の彼女に向けて里美は苦笑した。
 エレベーターで下降して、近くの出店でお弁当を購入する。人の波をくぐり桜並木の下の石垣に腰掛け、手を合わせた。
「いただきまーす」
「わお、桜弁当。豪華」
 里美が食欲に満ちた一言を呟くと、花水木が、そういえば、と話を切り出す。
「桜の花びらが舞い落ちたお弁当を食べると、その日から一年無病息災だって。どこかのテレビ番組でやってたよ」
「へえ。でもそれ何だか嘘っぽいね」
「だよねえ」
 二人けらけらと笑いながら、その実、落ちてこないかと上を密かに睨む。しかし風の神様が花びらを舞い散らせるには、まだ少し時期が早かった。
 食後ぶらぶら歩いていると、公園の片隅に小さな鳥居を発見する。それをくぐり本殿でお参りをした後、脇の重軽石に近づいた。
「お、いいところに」
 花水木は石をぺちぺち手の平で打ち、持ち上げる。
「おもたいっ」
 里美も倣って隣に並んでいたもう一つの石で同じことをしてみる。それから瞑目した後、三度手の平でなでて、持ち上げた。
「うーん、軽い、のかな」
「ねえねえ、さとちーの願い事って何」
「彼氏ができますように」
 くくっと笑う相手に、里美が眉をひそめる。
「じゃあ花やんは」
 花水木は相変わらずくくっと笑う。ふてくされて里美は歩きかけた。
「すべて、うまくいきますように」
 その言葉に振り向いて、また彼女はそっぽを向いて歩き出す。境内の奥にあるハイキングコースの山道へ、花水木も黙ってついていった。
 名前も知らない鳥の鳴き声が微かに響いたところで、前を歩いていた里美がいきなり振り返った。少し面食らったように花水木は瞬きをする。
「花やん」
「はい」
 素っ頓狂な声を上げた相手に、里美は息を吸って、吐いて、はっきりと口を動かす。
「転勤してもさ」
「……はい」
「清く正しく美しく生きてね」
 そしてじっと見つめ合う。
「何それ」
 引き結んでいた口を解いて里美は笑い転げ、表情を緩めた花水木の質問にも答えられない。鳥が驚いて飛び上がるのにも、向かいから来た人が目を丸くするのにも構わず、二人ずっと腹を抱えて笑っていた。



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