第21期 #21
身の丈七尺四十貫、誰に似たのか大男。
畑仕事を任せれば、一昼一夜で十反の
荒地を開墾したそうな。
あまりの強力豪腕に、人間業とは思われず
鬼のようだと噂され、いつしか鬼と呼ばれてた。
怖い怖いと皆が言う。
通り過ぎるだけのこと、誰にも何もしとらんが、
怖い怖いと皆が言う。
おいらが怖いと皆が言う。
痛い痛いと皆倒れ。
急いで薬草煎じたが、それでも病人増え続け、
お墓がいっぱい立てられた。
おいらのおかんも土の中。
熱い熱いと皆騒ぐ。
戦の火の粉が飛んできて、急いで水をかけだけ、
お前のせいだと皆が言う。
禍運んでくる者と、村の皆がせめたてる。
あまりに皆がせめるので、おいらはお山に引っ越した。
炭焼き小屋に引っ越した。
ここなら姿の見えぬ分、誰にも何も言われるまい。
ある日お城の殿様が、おいらの姿に驚いて
馬から下りて来なさった。
狩りの途中に来なさった。
お前の身の丈、腕力で、刀を一振り下ろしたら
きっと次の戦では、大きな力になるだろと。
言われるがまま殿様の、お馬の後を追っかけて、戦の場に赴いた。
もらった刀を振り下ろしゃ、敵方ばたばたぶっ倒れ、
おいらは初めて褒められた。
生まれて初めて褒められた。
刀振る、おいらの姿を鬼のようと
口をそろえて皆が言う。
言われて我が手をふと見ると、
洗い流せぬ人の血に、染まっているのに気が付いた。
慌てて刀を投げ捨てて、おいらはお山に駆け戻る。
鎧も褒美もいらぬから、静かにひっそり暮らしたい。
ある日旅の坊様が、一夜の宿を求め来た。
囲炉裏を囲むそのうちに、何故に一人でこの場所に
隠れるように住まうのか、問われたままに答えたよ。
麓の皆が口々に、おいらを鬼だと言いたてる。
皆が言うなら遠からず、おいらは鬼になるのだろう。
角つき牙はえ爪伸びて、異形の姿になるのだろう。
怖いも痛いも熱っついも、今のおいらにゃわからんが
一人で寝る夜の寂しさは、他の誰より知っている。
坊様黙って聞いた後、おいらに向かってこう言った。
いくら待っても焦がれても、角も牙も身につかん。
お前は正真正銘の、人間でしかありえんと
坊様おいらに言いながら、両手で首を絞めてきた。
このまま瞳を閉じたなら、おいらはあの世にいけるだろう。
怖いも痛いも熱っついも、わかる所にいけるだろう。
おかんと一緒に埋めてくれ、
おいらが最後にそう言うと、坊様黙って頷いた。