第21期 #2
陽炎立つ空気調節器のファンの悶え声が、触れれば染まるような青々とした空を震わせた。
二棟目マンション最上階の一室にて、笹木は硝子越しに沈む小学校全景を淡く捉えていた。意識を浮上させ不規則運動の紅白の塵に焦点を絞った。二学年の体育。俄に学年を言い当て笹木は喜ぶ。
腹が鳴った。時計は二時を過ぎて間もない。眼下の先が五時限目とは承知していたが、目先の事には頓着しなかった。買い溜めしたカップ麺を漁った。温かいものが食べたい。味よりも量を選び観測所へ凱旋する。歩哨は鴉。手摺の上を物欲しそうに揺らぎ室内を見通すのは此処最近の事であった。
携帯電話の通常音が光を伴って来た。同僚の岡崎だ。作動させると、とっとと有休をやっつけて戻って来いよと愚痴と咀嚼とが始まる。菓子アイス工場は書入れ時だ。暫くして、遅めの昼食は終了したらしく岡崎は開始と全く同様の音を置去りに、受話器から一方的に姿を消した。苦笑いが顔を覆う。明後日には笹木もまたあの単調作業に就かなければならなかった。我に返って蓋を捲ると麺が肥っている。二度目の苦笑を合図に箸を伸ばした。
結局残したため流刑に処していると、母がパートから帰宅した。反射的におかえりと出るが、俯いたままの母は一昨日からずっと笹木を視野から追い出したいらしいのだ。
訳は強面の二人が持参していた。のっそり入ったかと思えば、肌を粟立たせ顔を歪めていた。ブラウン管越しでの手帳と紙切れが宙に浮いている。本物か。
何事かを細かく鋭く口にし、二人の男は西洋の仕来りに倣って上がり込むと笹木の家を荒らし出すではないか。愕然とした。日本人の心は此処まで摩滅していたのか。さらば日本。
押入れから若い声が上がった。年寄りも慌てて向かった。笹木はゆっくり歩を進めた。
畳の上に横たわったブルーシートの塊をガムテープが掌握していた。僅かな起伏を象った小柄な其れの一端を若き勇者が解き放つと、朝靄色の頭が、でろん、と飛び出した。
蓑虫の頭は、徒の物となった人の形をしていた。
二通りの溜息が生まれる。
田中梨香ちゃん。七歳。
刑事が叫ぶ。同時、笹木は取押さえられた。
其の時、中空に鐘の音が躍った。
跪かされ、笹木は濃密な青に漂う子供達の時間を想って笑い始めた。
「六時限目」