第20期 #17
「わたしを愛してる?」
寧音は訊いた、僕の答えはいつも同じ、
「もちろん」。
彼女は決まって俯いて、
「でも抱きしめてはくれないんだね」。
しかたない。寧音にはハリネズミのような棘が無数に生えていたのだ。抱きしめれば、僕のからだは無事では済まない。
「君を愛してる」
僕は言う、彼女は僕をじっと見つめる、僕は彼女の鼻先をそっと撫でてやる、そこだけは棘が生えていなかったから。彼女は鼻をすすって、微笑もうと努力する。僕はもっともっと彼女を愛そうと努力する。
僕と寧音には某大学の教授や、ワイドショーのレポーターや、人権団体の活動家なんかが、夜昼となくまとわりついていた。
教授は寧音の皮膚組織のサンプルが欲しいと言い、レポーターは寧音の好きな食べ物やアーティストを知りたがり、活動家は人々を啓発するため立ち上がるべきだと迫った。寧音は彼らを避けていたが、僕の方はまんざらでもなかった。僕は、ハリネズミのような棘を持って生まれたかわいそうな女の子を愛し、守り、慈しんでいたから。
「ねえ、本当にわたしを愛してる?」
寧音は一日に何度となくそう訊くようになった、
「もちろん」。
僕の口調は、知らず知らずのうちに見えない棘を育てていた、
「ならいいの。わたしにはあなたしかいないから」。
しかたない。その頃の僕にとっては、僕自身があまりにも愛すべき存在でありすぎたのだ。今だって、僕のこころは無垢じゃない。
僕が、ある芸能プロダクションと専属契約を交わした日、寧音はとつぜん僕のもとを去った。裏切られたような気持ちだった。僕は彼女のためを思ってそうしたのだ。彼女が嫌っていた教授やレポーターや活動家を遠ざけるには、そうするしかなかったのだ。
けれど彼女は去った。
僕のバスルームに、無数の棘が切り落とされて散らばっていた。僕の中で、何かがぴしりとひび割れた、その何かは二度とひび割れる前の状態には戻らなかった。
僕は僕を去ることはできない。僕は僕を占めなければならない、どれだけ孤独でも。自分に言い聞かせたが、うまくいかなかった。
「君を愛してた」
そのことばを抱きしめると、僕の心には無数の穴が開き、風がひゅうひゅうと通り抜けていく。