第20期 #18

シューティング・スター

 菜穂は射的がとてもうまい。
 僕のキーホルダー、ハンカチ、ストラップ、腕時計、カード入れは、すべて彼女が撃ち落としたものだ。バレンタインデーには、くるみ入りのチョコレートに命中させてくれた。
 そのお返しに、僕は彼女におもちゃのピストルを買ってあげた。包みを開けた彼女は、けげんそうに僕を見上げる。
「本物じゃないよね?」
「そりゃあ、ね」
 それでようやくほっとしたように微笑んだ。
 菜穂はおもちゃのピストルにおもちゃの弾を込めて、星空に向けた。普段はどこかぼーっとしたような彼女の表情が、そのときだけはピシリと引き締まる。いくぶんやわらいだとはいえまだ冷たさの残る風が、彼女のマフラーをふわりと揺らす。その風は僕の鼻腔もやさしく撫でた。くしゃみが出そうになるのを、鼻をつまんで慌てて抑える。
 パスン、という乾いた音が、あたりに響いた。
 菜穂はじっと空に銃口を向けている。残響、と呼べるほどでもないそれがあたりから消え、そしておそらく自分の耳からも消えてしまうのを待ってから、彼女は手を下ろし、またいつものようなゆるっとした表情に戻った。
「ありがとう」
 彼女は引き金に指をかけたまま、僕によりかかってきた。かすかな香水の匂いが僕を包む。銃口は僕の肩に向けられている。警察が通りかかりませんように、と僕は願う。ホワイトデーにおもちゃのピストルだなんて、と僕を撃ち抜くようなことは、菜穂はしないはずなのだ。
 彼女を抱き寄せたいけれど、その前にこの銃口を何とかしなくてはと思い、僕は肩をよじる。
 パン、という何かのはじけるような音が、遠くから聞こえてきた。僕が撃たれたわけではない。肩は痛くない。
 顔を上げると、白い小さな光がいくつも空にまたたいていた。急に星が増えたかのようにも見えた。おだやかな光をたたえて、ゆっくりと広がっていく。
「当たった」
 と彼女がつぶやいた。
 しばらくその光景に見とれていると、ひとつの光が僕たちのところへ落ちてきた。手のひらを上に向けて、それを受け止める。弱々しいながらも、美しく白い光をたたえている。
 空を見上げた。星がひとつ消えている、ような気もするが、はっきりしたことは分からない。分からないけど、きっとそうなのだ、と僕は思う。
 あの星に生き物はいたのだろうか、とふと気になったけれど、聞くのはやめにした。彼女がそんなヘマをするわけはない。
 手のひらの星が、小さくまたたいた。



Copyright © 2004 川島ケイ / 編集: 短編