第20期 #16

ゆるく笑う

 同じクラス男の子に偶然出会った。隣の席の子。夕方で学校帰りで、彼はゲーセンから出てくるところだった。目が合ったので笑い掛けた。わかりやすい反応だ。
 笑い返してきた彼の目は、的確に私の口元を捉えていた。彼は「よう」と低く言い、それからすっと目を逸らした。私は手の甲で口の端を擦った。
 よくあることで、私んちは今けっこう荒れている。親父の浮気がおかんにばれて以来、家には常に重くて冷たい空気が流れている。兄貴がその空気にのせられたのか、やさぐれモードに入り、変に笑うようになった。笑いながら冗談っぽく殴り掛かってくる。表情や声は冗談っぽいのに、けっこう本気の力で殴ってくる。で、今、口の端が腫れている。口の中も切っていて、笑うと軽く痛い。
 私は私んちの家庭事情を特に隠してない。言い訳とか苦手。聞かれたら答える。彼に聞かれたことはないけど、たぶん知っているんだろう。殴られて腫らした顔を、彼は隣でよく見ていたから。
 まあ、そんな彼は一週間ほど前から学校に来なくなっていた。理由はよく知らない。色んな噂が流れていたりするけど、よくは知らない。最近少し塞ぎ込んでいたような印象もある。隣の席で、だから気にしてなくもなかった。
 しばらく気まずく黙り込んだあと、「飯でも食う?」と彼が言った。私は少し躊躇いながら頷いた。
「おごり?」
「違う」


 訳アリっぽいけどよくわからない彼と、ヤな家庭事情の私。
 安っぽいドラマのようで、笑えなくもない。ずっと無言だった。でも歩いていくうちに気まずいのも次第になれていく。
 ふと、これがドラマなら傷を舐め合う場面なのだろうなと思う。同情しあったり、可哀想だと言い合って慰め合ったり。あるいは、
「やる」
「え? 何?」
「ん? いや、何も」
 安いAV……、いやいや、昔の青春映画のように。上手くいかなくてむしろ落ち込んだりとか。でもそれがかえって青春っぽくなって、ゆるく笑えてしまうかも。……なんて。
 そんな中学生日記なことをぐだぐだ考えながら、学校近くのお好み焼き屋に入った。ぎこちない感じの私ら二人。顔なじみの店の人が心配そうに見つめていた。いい人だ。
 食べながらもごもご、「気が向いたら学校来なよ」と私が言い、「気が向いたらね」と彼ももごもご応えた。ほんと中学生日記。
 私はつい苦笑。それを見て、彼も私と同じような苦笑を返した。まあ、安っぽいドラマのワンシーンみたいなもので。



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