第148期 #12

ひじき

あれは、私がまだ大学生になったばかりの頃だ。自炊しようと意気込んでいたものの、毎日殆どスーパーのお惣菜コーナーで仕入れてきたお惣菜ばかりだった。
ひじき煮が好きで、私は毎日の食卓にお惣菜コーナーのひじき煮を出していた。ある日ふと思った。これくらいなら自分でも作れるのではないか? これが自分で作れたら、節約になるのではないか?
思い立って、私はスーパーに買い出しに行った。
私はその時初めてひじきが乾物として売られていることを知った。当時の私の中の乾物と言えば、ワカメと椎茸ぐらいだった。
乾燥ひじきのパッケージやネットで調べもしないで、私はボールに2袋乾燥ひじきを入れて、ボールいっぱいに水を入れた。
30分後。ひじきがボールから溢れ、ボール周辺が真っ黒になっていた。一瞬、虫でも湧いたかと思った。
とてもではないが、ボールから溢れ出たひじきは私一人で数日のうちに消費できるような量ではない。困った私は母に電話をした。多分、一人暮らしを始めて初めての実家への電話だったと思う。

「どないしたん?」
「ひじきをさ〜ぁ、大量に戻しすぎたんだけど……」
「食べたらいいさ〜ぁ」
「いや、一人では何日もかかるよって、その間に腐っちまうが〜ぁ」
「なら、また乾燥させたらいいさ〜ぁ」
「どうしたらいい? 毎日雨ばっかりでそんな乾燥なんてせんよ〜ぉ」
「レンジで乾燥させたらいいさ〜ぁ」
「レンジで?」
「お母さんも切り干し大根とか戻し過ぎたらそうしとるがよ〜ぉ」

と言う母の言葉を真に受けて、私は戻し過ぎたひじきをレンジに入れた。10分程してレンジからひじきを取り出した。出てきたひじきを見て、母が電話を切る間際に何かぼそっと言っていたことを思い出した。あれはなんだった? なにかとても大切なことのような……。
私は皿の上の小さくなったひじきを袋に入れた。レンジで乾燥させたひじきにカビが生えたのはそれから2週間後のことだ。その時になって、母の言っていた大切なことを思い出した。

「嘘だけど」

思わず苦笑い。そしてすぐに母に電話をしたら、「やっぱり〜ぃ、駄目だったけ〜ぇ」と言って、盛大に笑っていた。母曰く、レンジでポテトチップスとかできるぐらいだから、うまくやれば元に戻るのではないか、と思ったらしいとのこと。
「ま、なんでもやってみんとわからんもんやよ〜ぉ」と言った母。確かにその通りかも、と思えたのはつい最近のような気がする。



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