第148期決勝時の、#12ひじき(わがまま娘)への投票です(4票)。
予選に引き続き、「ひじき」に投票。
・「ひじき」
決勝の投票にあたり再度していて、「レンジでポテトチップスとかできる」という言葉が異様に気になった。レンジでポテトチップスが作れるということも虚構であったなら、完全に作者にしてやられたなぁ、読者冥利に尽きるなぁと思った。調べた結果、クックパッドにレシピが載っていたので、レンジでポテチが作れるのは事実なようだ。この作品は完成度が高いので、再読とはいえ「油断」ができない作品だと思わされた。
蛇足だが、レンジで作るポテトは、オイルフリーだそうだ。オイルフリーゆえに「油・断」ができて、ダイエットに効果的なのかも知れない。
・「愛していると描かせてほしい」
相田みつをの「しあわせはいつも自分のこころがきめる」という詩を思い出した。 父親の感情を描写して、子供の気持ちを完全に置き去りにする辺りが、この作品の巧みさだろうか。
なぜ、この作品に決勝投票をしないのか、と問われれば「ひじき」の方が私の好みだった、としか答えようがないのが苦しいところ。単なる個人的な好みの問題かよ、と思われるのは癪なので、いささか強引にこの作品を批判する。子供は5歳の時から絵を描いているのに、7歳になるまで乳母はその絵の才能に気づかなかったのは不自然ではないだろうか。父親は5歳の時点で気づいているし、乳母が子供が7歳時点で才能に気づくのは今更感がある。
・「盛者必衰」
この作品は、2つの側面を持っているように思える。1つ目の側面だと、エンターテインメントとして秀作だ。2つ目の側面だと、311以降の小説としては不十分に思える。
1つ目の側面は、オチ勝負の作品。最後のオチを読んで、「あぁ、そういうことか」と読者に思わせる、アイデア勝負というか、読後の爽快感を狙った作品。
2つ目の側面は、タイトル「盛者必衰」を作品の主題として捉えること。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。 」という平家物語の底流にある思想を、細菌を主人公として表現しようとしているのだろうか(もちろん、栄えている者だけでなく、それ以外の者も、風の前の塵と同じだ、という思想)。
掲示板で、euReka氏が「私の不満は、311以降の世界を語る人がほとんどいないということ。」(記事番号2572)と書かれていた。私も311以降の世界を語れる人を見たいです。
この作品を2つ目の側面で捉え、「細菌」を「人間」、「店員のアルコールスプレー」を「地震・津波」や「原発事故」に置き換えると(批判を承知でというより、私も胸を痛めながら置き換えてます)、311以降の世界として語るには不十分な要素が見えてくるのではないか。「大きな力の前では人間はあまりに無力だ」ということ以上の何かを提示出来ていない。
話題が逸れてしまった。この作品は、1つ目の側面で見れば、決勝投票をしても良いと思った(オチを承知で再読しても楽しめた)のだけれど、2つ目の側面で見たとき、評価がどうしても辛くなってしまう。
参照用リンク: #date20150208-235333
#21 愛していると描かせてほしい
記号的とは、記号の組み合わせによっていくらでも話が作れてしまうということだ。つまり別の言い方をすれば、内容(意味)が希薄だということ。喉が渇いているのに空のグラスを渡されるような、あるいは、誰も住まない家を建てているような感じ。
でも改めて読み直してみると、記号的だからこそ魅力を感じる部分もあるなと思った。
#12 ひじき
「なにかとても大切なことのような」という前フリが効いているのだろうか。「嘘だけど」という母の言葉が、重く、鋭く突き刺さってくる。または、平凡な日常や母娘間の愛情が漂う幸せな空間が、「嘘」という言葉によって、ほんの一瞬だけ切り裂かれたような気分になってしまう。
「嘘だけど」という言葉には、幸せや不幸といったあらゆる意味が織り込まれてれていて、「言葉を越えた言葉」のようなものが表現されているような気がする。
#14 盛者必衰
実は細菌の話だったというのがオチで、自然や人間社会の不条理を、細菌の世界に置き換えてみたということか。
テーマは、震災や戦争を想起させるものでとても興味深いと思うが、オチまで読んでしまうと、ちょっと話が単純するぎるような気がしてしまう。
参照用リンク: #date20150208-033301
「愛していると描かせてほしい」
語り手と娘の関係を表現する方法に優れたものを感じた。描かれているのは親子関係に特有の愛憎関係だろう。嫉妬は女々しい感情だとはよくいわれるが、その意味で、語り手が単純に嫉妬に打ち勝とうと努力しているだけなのであれば、男らしいなと思った。
ただ、仄めかされた語り手の心情を額面どおりに受け取っていいものか迷った。
例えば、乳母を殴った動機は「一生分の幸せを捨てて」という言葉に対する親なりの反発だと考えることは容易だ。が、全文を読み終わってから再考すると、「絵のために生まれてきた」という意見を受け入れたくない気持ちに突き動かされているのかもしれないなと思った。
また、娘に対する「私に頼らなければ生きていくことすらままならないほどに醜く幼い」という表現からは語り手の憐憫が読み取れるが、それはあくまで語り手の一般的な建前であって、心のどこかでは、自分より才能があるらしい娘を自分が守ってあげているという優越感が生じているのではないのではないか、と疑ってしまう。
もっとも上記の憶測には根拠がない。要するに、共感されやすい愛憎の様相を分かりやすく表現しているだけなのであれば個人的に物足りなさを感じるが、かといって作品全体を使って嫉妬を表現しているのかというとよく分からないので投票は見送った。いい作品だなとは思った。
「ひじき」
タイトルからして何気なさが満ち溢れていいて、「ひじきがボールから溢れ、ボール周辺が真っ黒になっていた。一瞬、虫でも湧いたかと思った」という異様な光景のあっさりした表現も好み。ひじきに関する問い合わせが「一人暮らしを始めて初めての実家への電話だった」というのも何気ないけどなんだか妙な感慨を抱かせる。こういうさりげないところから作品の質感、立体感が生まれていてとてもいいと思う。
また、「なんでもやってみないとわからない」というテーマが作品全体で表現されていることに小説としての完成性を感じた。たとえこのテーマがあとづけだったとしても(というかこれは私が勝手に感じているだけで意図したものではないかもしれないが、それにしても)、作品とテーマの間に違和感がないし、作品自体も説教くさくなくてとても自然だと思う。
ということで、投票することにした。
ただ、レンジを使えという母の衝撃的なアドバイスのあとでオチのように放たれた「嘘だけど」という言葉を、そう簡単に忘れることができるものなのだろうか。これが実話で完全に事実なら、そういうものかと思うしかないが、実話を基にしていたとしたら、この辺は記憶が曖昧な可能性があるんじゃないかと思わざるを得なかった(例えば、ひじき再乾燥の失敗を報告したときに「嘘だけど」と後出しされたとか)。
それと本当にレンジでチンするとひじきは縮むのかとても興味がある。
「盛者必衰」
最後の段落の百文字ちょっとで終わる内容を大きく膨らませる想像力(創造力ともいえるだろうか)に感銘を受けた。最後の段落とそれ以前の内容の対比は非常に面白い。文章も読みやすくて上手だなと思う。
ただ、擬人化の限界を感じて物足りなさを感じた。記述の生物学的な正確さとかは問題にしないとしても、これだけ周りの人々(本当は細菌とかだろう)大繁殖しているのに、主人公がそれに関与している描写がない。もちろん「人」と表現されている存在がいきなり分裂したら違和感が生じるだろうが、それも上手く盛り込まれていたならもっと良かったと思う。
参照用リンク: #date20150207-000019
文章のうまさと面白さで、総合的には『ひじき』が抜きんでていると思う。
劇的な話ではなかったが、最後まで読んでいて心地良さがあった。
題材は『愛していると描かせてほしい』、叙述トリックという点で『盛者必衰』は優れていると思った。
参照用リンク: #date20150204-184958