第147期 #19

タヌキの哀しき皮算用

 人間界には「捕らぬ狸の皮算用」などという、けしからぬ言葉があると云う。
 何の因果かヒドイもので、家族でどんぐり拾いに出かけたのが運の尽き。道中山腹でダダダンと音が鳴り響いてびつくり仰天。腰を抜かしてばたつく足に任せるままに、一人離れた茂みへ跳び込んだ。ガタガタ震えながら地面にへたれた家族を眺めていると林の奥から影が現れた。見れば立って鉄の筒を持つ熊のヤツ。どうもあの筒で離れた処から家族をなぶったと見える。
 近頃キテレツなカラクリが人間界で流布していると聞く。熊は体がでかいばかりで知恵の無いものと思っていたが、いつの間にあんなカラクリ筒を手に入れたのか。前足で器用に家族の亡骸を摘むと奥の茂みへと姿を消した。
 昨日までの日々が夢のよう。一転、天涯孤独の身となりて、憎き家族の仇敵、熊のヤツを絶滅せんと心に決めた。しかし小生には手段も知恵も何も無い。無き物求めて人間界の万屋へと降り立った。
「おや、これは珍しいお客さんだ、どうなさいました」
「実は熊に、家族の敵討ちをしたいのです」
「ほお、敵討ち。ほな、このてつはうなんぞは如何でしょうか」
「おお、それはまさに熊が持っていた鉄筒」
「どうぞどうぞ、これを持ってお行きなさい」
「しかし、小生には銭がありませぬ」
「構いませぬ構いませぬ、見事熊を撃って来られたら、手前が熊を買いとって差し上げます。そうすれば借金は返せますぞ」
「それは有難い。ではそうさせていただきましょう」
 山へ戻り、鉄筒を背負いて匂いを手掛かりに探していると、遠くで寝ている熊を見つけた。油断しているのかヤツの鉄筒は見えぬ。こちらは構えをとって、引き金を引いて熊を撃った。一発、二発と撃ち込むと熊は舌を垂らして地面に伸びた。小生は熊を引きずって万屋へと持ち帰った。
「では、手前は皮を剥いでこれを外套に致します。ささ、狸さん、まだまだ熊が足りませぬぞ。借金には利息という物が御座いますからな」
 それからは鉄筒を背負いて山へ出かけて熊を撃ち、万屋へ持って帰ってまた出かける日々の連続。憎き熊を撃つはいいが、借金は利息で増えるばかり。
「ささ、お客さん、まだまだ熊が足りませぬぞ」
 狸のマタギとはこれ如何に。きょうも熊のヤツを撃つ為に、鉄筒背負いて出かけます。あの鉄筒を持つ熊とは出会えぬまま、本当の敵はどこにおるのか。日に日に万屋は熊と狸の皮が増えていく。
 ああ、哀しき因果、ここに極まれり。



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