第147期 #20

絶え間無く注ぐ愛の名を

「たった1000文字も書けなくなった」
 そう言い残してkは自殺をした。
 だから男は葬式には行こうと思っていた。実際大学へ休講手続きを取った後、街へ葬式用のスーツを買いに行った。
「どうぞ」
 店員がすすめたスーツはひどく趣味が悪く、こんなものが売れるのか、と男は尋ねた。
 女店員は何も答えず奥からシャツ、ネクタイ、革靴、その他小物を次々と取り出し、男の服を脱がせて鏡の前へ立たせ、それらを着るように促した。
「お似合いですよ」
 男はズボンを引き上げベルトを締め、鏡を見つめた後、もう少しだけ苦しめにネクタイを調節した。

「お似合い、です」

 女店員は丘の上のマンションに住んでいた。ワインを二人で飲み、やたら塩気の強いパンを共に食べた。
 二人は三本目のボトルを持って共にベッドに入る。
「俺はkが好きだったよ」
 女は男を見下ろしている。
「自殺をしたから俺はkがもっと好きになった」
「泣いてるの?」
「いや」
「嘘泣きなの?」

 葬式へは行くつもりだった。だが男は結局一晩眠れず、頭には安ワインがぐるぐると回っていたし喉の奥は塩辛かった。
 昼過ぎまで裸のままベッドにいて、それからようやくのろのろとスーツを着だしたのはもうすぐ夕方、という時刻だった。
 間に合わないのは解っていたが葬式の会場へ向かった。女が車を出してくれたから助手席で男は眠った。ラジオからは様々な音楽、ニュース。
 会場に着くと大勢の人だかりが出来ていた。
 赤色灯、サイレン。
 ラジオで聞いてはいたが本当だった。会場は武装勢力に占拠されており、出席者達は皆殺しにされていた。
 三日後に蘇る、全て救われる、八十年前の戦争の真実、歴史、歪曲、女達、自由。
 そのような事を武装勢力の女達は拡声器で叫んでいた。
 それらは、多分、恐らく、全て真実なのだろう。俺は、救われる。
 そして同時に、俺には関係が、無い。
 男はそう思い、イヤフォンを耳に入れ音楽を聴く。音楽ライブラリの大半はkとの会話を録音しておいたものだった。
(「砂漠では生体には塩の管理が何よりも重要です」)
(「砂漠なんて地球から無くなっちまったのにこんな講義は意味があるのかい?」)
 シャッフル再生されたのはkの前で講義の練習をした時のものだった。
 何度修正しても重要な所にはノイズが入っていて聴き取れなかった。またやり直さなければならない。ぐるぐるは消えていた。喉の奥にはひどい塩気がひりついていた。



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