第14期 #19
その小さな街はなだらかな丘の上にあって、街の真ん中には古くて立派な教会があった。
教会近くの肉屋の親父は肉屋のクセに動物が好きで三匹の猫と二匹の犬を飼っていた。その隣の魚屋の奥さんは小さな金魚を小さな鉢に住まわせていて、自分の夫がそのうち金魚を店頭に並べるのではないかといつも心配をしていた。
魚屋の向かいにある花屋の二階には、売れない女優が住んでいていて、舞台のない日はいつも窓から外ばかり眺めていた。
花屋から少し離れた所にある下宿屋には、女優に恋をする詩人志望の青年がいて、毎日、花屋に寄っては渡せもしない花を買っていた。そして花屋の娘は、青年が女優に寄せる想いを知りつつも青年のことを好きになってしまっていて、毎日複雑な気持で、青年に花を渡していた。花屋の隠居した爺さんは、読み書きが出来ないので青年に字を教わっていた。
ある日突然に、魚屋の奥さんが家出した。
書き置きも何もなく、ただ金魚だけを連れて行った。
魚屋の憔悴はとてもひどくて、街の人はみな心配した。
一週間後、肉屋の犬が散歩の途中、魚屋の奥さんを見つけた。奥さんは薄暗い路地裏で死んでいた。鉢に入れられた金魚だけは無事だった。魚屋は店をたたんで、金魚を連れ街を出た。
詩人志望の青年はそのことを詩にして雑誌に載った。花屋の爺さんはそれを何とか読めるようになっていて、喜んでそれを読んだ。花屋の娘の方はお祝いの言葉を簡単に言っただけで、特別にこしらえた花束の方は渡せずにいた。女優はそんなことはまるで知らん風で相変わらず窓から外を眺めていた。
女優の視点の先には教会の鐘塔があって、いつももの言わずたたずんでいた。
その教会の鐘塔は街から出て行った魚屋のことを見ていた。
だけども、鐘塔はものを言わないので誰も魚屋の行方を知る者はなかった。
そんな街があったのだけど、ある晴れた日の朝、近所の悪ガキがぺしゃんと潰してしまったのだ。