第111期 #7

翼人の夏

 東京の上空で熱線ぶっ放しながら飛び回っていた俺もついに自由を奪われた。もう熱線ぶっ放すのは時代遅れなんだと。バカ言え、俺は熱線撃ちたくて空飛んでたんじゃねぇ。
「そこらへんがわかってねぇ」
「新入り、その話は十回以上聞いたぞ」
 上司のジジイが安煙草の煙を吐く。てめぇこそ禁煙って百回以上言われてるぞ。
 胸糞悪くなった俺は『翼竜』の並ぶデッキに逃げた。360度を透明な障壁で囲んでいるここは空を簡単に見渡せる。田園調布上空4500キロメートルは今日も青い。向こうの空には巨大でカラフルな浮島が存在している。高級空宅街だか何だか知らんが、飛ぶ以外の目的で空にいる奴はクズが相場だ。今の俺も含めて。
 現代の空は閉じている。なんとか平和条約様のおかげだ。やれパスポートだやれ国境線だやれ領空侵犯だ。何のために俺達はこの空をもう一度青色にしたと思ってんだ。
「これじゃあ昔と同じだろうが」
 と、巨大な何かが上空を通り過ぎていく。デッキが影に覆われる。
「貴族の船だな」
 ジジイがわかりきってることを言う。
 ごぅんごぅんと風情のない音をたてながらガレオン船を真似た意匠の船が進んでいく。
 ぼおっとそれを眺めて、届くわけない罵声を放とうとした。瞬間。
 船から何かが飛び降りたのが見えた。豆粒みたいなそいつを眼球内のスコープで確認する。女だ。ガキだ。自殺か?
 ほぼ反射的に俺は自分の『翼竜』に乗り込んでいた。
「ジジイ! 後で塞げよ!」
 それだけ言い残してエンジンを入れる。ドラグーンジャケットが全身を包み込むのと、俺の『翼竜』が一瞬で加速して窓を突き破り空に飛び出すのは同時だった。
 風を裂き、落下コースと並び、速度を合わせて、横殴りにキャッチする。
 ガキは救命用のシェルタージャケットを着けていた。生存維持装置は無事なようだ。
「遊空するにはちょっと装備がショボいんじゃねぇか?」
 ガキは目をぱちくりさせて俺を見ている。
「死にたかったのか?」
「飛びたかったのだけど」
 真顔でそう返してきたので思わず苦笑した。
「あれはな、落下するって言うんだよ」
「でもこうでもしないと、今の時代自由に飛べないでしょう?」
 不敵な笑顔を見せるガキ。
 なんてこった。いい感じでクレイジーだ。
「……今の時代が嫌いか?」
「今の空が嫌いよ」
「こりゃあ運命的だな」
 

 夏の空は雲がでかい。
 絶好の領空侵犯日和だ。


「行くか? 自由な空」
「連れてって」  



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