第111期 #8
たんぽぽの香りを思い出した。
白い子犬が脳裏に淡く浮かぶ。
下校時の門の外であやしげなおじさんが
ひよこを売っていた。
三日後にはいなくなるあの人だ。
「×××だよ。××××」
何て言ってたかは思いだせない。
夏にはくわがた、春には雑種の子犬なんかも売っていたのだろうか。
子供心にはあやしげさより小動物の誘惑のほうに
心が走らされた。
おいそれと小遣いから買えるわけでもない。
すぐに死ぬ。すぐに。そいつらは。
虎と馬を同時に買ったことなのだ。
みのむしの簑。とかげ。かまきり。
そんなやつらと友達だったんだぜ。思いだせよ。
ドンッ!!!ガゴガー!!
大地が揺れる、大地が割れた。地響き、津波。
曼陀羅が降ってきた。
千の風よりも、万の陀羅尼である。
深い闇と共に夜明けをもってきた。
風が吹き抜ける。緑と青と紫と黒が混ざった風だ。
津波の後には荘厳な菩薩が
地球の直径の四倍の高さに
金、銀、瑪瑙のきらびやかな
命の塔として
地の底からりくぞくと躍り出た。
死者と共に。
死者が生者を照らし、生者が死者を輝かせた。
万年の夜明け。