第111期 #6

寝入る音色

いつからだろう。
寝るときは音楽を聴きながらが当たり前になっていた。
音楽を聴きながらでないと眠れない。
音楽が私を夢の世界へと誘ってくれるような気がしていた。

突然眼を覚ました午前2時47分。
イヤホンを外すと、一気に夜の音が流れ込んできた。

──。

頭の中に音が満ちる満ちる満ちる満ちる満ちる音が私を呑み込んで音に私が呑み込まれて音が音が音が音が音が音が音が音が音が音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音音──。
イヤホンを付けなおす。
恐怖が私の輪郭をあやふやにする。
私という存在の否定。
音という絶対の肯定。
私は初めて気づかされた。
この世界は音に支配されている。
音に満ちた世界に私の逃げ場はない。
そう思うと、恐怖は怒りに変わった。
こんな曖昧模糊としたモノに世界を支配されて、何事もないように生きていたのか。
世界というのはこんなにも脆く儚く崩れてしまうモノなのか。
ああ、もうなんなんだ。この耳に流れ込んでくる音楽とかいう異形は。
まるで自分は完成しているかのように。
まるで私は未完成とでも言わんばかりに。
壊してやりたい。
この形の無い何かを原型も残らないぐらいに破壊して破壊して破壊してやりたい。
そうだ。そうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだ。気づいたぞ。簡単じゃないか。私が音を発すればいいじゃないか。こんな簡単なことに気づかないなんて。よし言うぞ。簡単なことさ。ただ一文字“あ”でもいい“ん”でもいい。たったの一文字で世界はこの支配から解放されるんだ。言うぞ。言うぞ。言うぞ。

「──」

やったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやったやった。やってやったぞ。私はやったんだ。音を台無しにしてやったんだ。これで音の支配なんて無くなった。私の世界は私のモノだ。私は私だ。私が私私私私私私私私私私私私私。

──。

なんだ今の音は。
ここは私の世界だ。音なんてあるはずないのに。許さない許さない許さない。今の音は私の中から聴こえた。そうここから聴こえたんだ。止めてやる止めてやる止めてやる止めてやる。どうすれば止まる?そう、こうすれば──





世界の終わる音がした。



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