第111期 #5
幸福を形にすればベーコン、その上に乗っている目玉焼き、とろとろのが割れて流れ出す黄身、それをトーストですくってたべる。
塩こしょう少々、ソーセージは茹でてある、マスタードをつけ、かじりついて音がなる。音が響いている。
BGMはビル・エヴァンスがいい、ビレッジバンガードでのライブ版で繊細なピアノの調べがそっと流れていればいい。贅沢は言わない。それほどよいステレオじゃなくてもいい。CDとMDが再生できる、少し前までどこの家にもあったようなコンポでいい。
ヨーグルトには林檎のフルーツソース、に蜂蜜をかけてまぜたの。甘さはひかえめにすればなほよし。薄いカフェオレ、牛乳がたっぷり入っててぬるいぐらいの、熱いのはダメ、猫舌だからすごくぬるくて、出されてすぐに飲まないとつめたくなってしまうようなぬるいの。それをそおっと飲む、音を立てないように。
スコット・ラファロのベースソロがはじまる。相変わらずはねるなあ、とつぶやきたる。なんのこと?とあなたはつぶやく。なんでもないって、とあたしは答える。カフェオレ、もういっぱいいただこうかしら。トーストを食べ終わってしまう。もう少し、お腹が満たされていない。だから、ビスケットを取り出す。特別なものでなくてもいい。ほら、ビスケットがないのならリッツでいいじゃない。なにも乗せなくても十分おいしいから大丈夫、一枚、二枚、食べたらすぐにお腹は満たされていく。見事なり。
太陽が出てくる。どうして太陽は希望とかそういうポジティブなイメージが付いてまわるんだろう。太陽も、辛い時だってあるだろうに。あたしは太陽に同情する。同情するぐらいなら笑ってほしいと太陽は言う。そんなら笑ってあげようか、とあたしは言う。なんなの?とあなたは怪訝そうに聞く。だからなんでもないってほんと気にしないで、とあたしは答える。あたしは忙しいの、あなたにばかりかまっていられないのごめんなさいだけど大好きよ、と思う。胸の奥でつぶやきたる。やさしいあなたはなんにも言わない。
久しぶりに新聞を読もう。世の中のニュースが知りたし。みんなが夢中になっている話題が知りたし。演奏が終わり、拍手が聞こえる。ビル・エヴァンスはかるく手を挙げてそれに応える。次の演奏がはじまる、その少し前の静けさこそ、いとをかし。