第11期 #22
虫歯を見つけられてしまった。痛みはない。放っておいてほしいが、若い医者は熱心に口のなかを探っている。その間、目線の先にある電灯をじっと見つめていた。特別の素材で作ってあるのだろう、見ていても眩しくない。新しい診療所。人工的。
「ここ、痛いですか?」
顔を横に振る。それでも先の尖った棒がさらに口内を探る。そしてついに動かぬ証拠を見つけたようで、
「ここ、痛いでしょ?」と嬉しそうに言う。医者は私の目の前で両手を広げてみせ、あれ、棒はと思うと、私の口の中から伸びている。
「ほら」と言って医者は金属の棒の先を軽く叩き、穴の空いた歯に刺さったそれは、ぶらぶらと揺れた。
「穴が空いてるんです」
痛みはなかった。
「痛いでしょ?」
痛くない。
「でもね、私のほうが詳しいんです。だから治療したほうがいい」
耳を疑ったが、医者は棒を抜くと麻酔はいらないといい、すぐにドリルを突っ込んだ。手伝いの女の子が小型の機械で唾液を吸う。歯が削られる。ひどく危険な音。それでもときどき鈍い痛みがあるだけだ。
「百万匹はいますね」と医者が言う。女の子が頷く。乾いた口の中で高速の刃が唸る。目をつぶると音が恐ろしく巨大に感じるので、時計を見ていた。それから診療所に流れる音楽に注意を向ける。また、時計を見る。医者の目は軽い興奮で輝いていた。
百万匹?
医者は一生懸命に私の口の中を削った。やめる気配がない。
なにかがいるのだろうか。でも、百万匹いたとしても、もうなにも残っていないだろう。頼んでもいないのに。
電灯をにらむ。
そしてそれがなんであれ、私のものなのだ。
眩しくない。でも私は目を細めて難しい顔をする。
少し、痛くなってきた。
ガラス越に診療所の前の通りが見える。街は夕陽に照らされている。でも、診療所にはあの緩い、暖かな光が届いていない。不思議なことに。
「口の中になにいるんですか?」
医者はドリルを洗っていた。それは私の想像よりもはるかに大きく、かたちは異常だった。黙々とそれを拭き、女の子が受けつけに戻るころ、やっとこっちを向いた。
「あなた、最後に歯医者に来たのはいつですか?」
五年は来ていないはずだった。
「いろいろ変わったんですよ。あなたは知らないかもしれないが」
受付で女の子にも聞いた。
「いえ、なにもいませんよ」
「きれいになりました。一匹もいません」
そう言って、にっこり笑った。