こんにちは。第60期感想その6(作品5・18・19・13・22)を書きました。これで全感想となりました。駄文に付きあってくださった方にお礼を申し上げます。今期もおもしろかったです。余談ですが「匿名」さんの感想がおもしろかったです。私の作品についての指摘がズバリそのものだったので驚きました。「短編」にはおそるべき読み手がたくさんいるんですね。
#5
蜜柑
作者: 森 綾乃
文字数: 995
孤独な主人公が八月のおわりを家路に向かいながら、突然に蜜柑がほしくなる。それでどんな蜜柑が食べたいのかと自問していると、それは冬の無愛想なのではなくて、ハウス栽培されたこじんまりとした蜜柑が食べたいと思う。スーパーに入ってみると、ハウス蜜柑は980円で予算を超えており、それに思っていたほど清潔ではなかったので結局、「自分にはこれくらいがふさわしい」と105円の中国産ミカンの缶詰を手に取って帰宅する。が、いざ缶きりで開けてみれば、そのトロりとしたシロップの甘さは思っていたよりも透明に感じられた、という話。
おもしろかったです。自分の何かを肯定するために、別のなにかを軽蔑する――この主人公は優しさ、ぬくもりの象徴であるハウス蜜柑を守るために、中国産を嫌ったり清潔でなければそのハウス蜜柑でさえ拒否します。私は正直にいえばこういう思考パターンがあまり好きではありません。でもこの主人公が30代以降ならともかく20代前半だと考えると(前作もそうですが)話はかわってきて、子供が自分の意見をしっかりもった大人になるためには自分の好きなものと嫌いなものを明確に線をひいてわけることが必要なのではないか、と思えてきます。
そういう意味では、おそらくアルバイト帰りを連想させる一人暮らしの主人公がふらっと寄ったスーパーで「中国産よりハウス栽培!」と自分で考えて、でもそれじゃあ予算が足りなくて、「自分には105円がふさわしい」と無理やり納得させて、でもその結果のミカンの缶詰が思ってたより透明でおいしかった、という流れを追っていると、主人公の在り方が他人事ではなくなってきます。
余談ですが、この主人公はどんな音楽や本や絵や写真を好むのでしょうか? 私はまだ主人公は自分の好きなものがわからない状況にいるような気がしています。この主人公が今後ミステリアスな人と出会い、触発されてどんどん変貌していく過程を読みたい、と思いました。
#18
公園の
作者: Setsu
文字数: 879
公園のブランコで泣いていた幼なじみの女の子をみつけた「彼」は女の子の側に座り「俺はお前を泣かすようなくだらないやつのことなんか聞きたくないよ。さあ、帰るぞ」と女の子の手をひっぱって二人仲良く帰る、という話。
決め台詞連発なのが印象に残りました。「俺でよければいつでも用心棒になってやるから、呼んでくれよな」というのはストレートな表現、というより剛速球ですね。爽快です。コーラをひと息で飲みほしたような気分になりました。
#19
T・B
作者: fengshuang
文字数: 822
新婚の二人が荷物を整理していると夫の荷物から古いぬいぐるみがでてくる。妻に怪訝に思われないよう、夫はあわててそのぬいぐるみの由来を話しはじめる。祖父が誕生祝にアンティークショップで買ったぬいぐるみは相当な年代物で、魔女の持ち物だったといわれても疑わないくらいに年季のはいったもので、かわいがっていた犬はそのぬいぐるみをまるで生き物のように扱った、夫は妻との間に子供ができたら自分は新しいぬいぐるみをプレゼントして、いつの日か、古いぬいぐるみの隣にその新しいぬいぐるみを飾りたいがどう思うか、ときく話。
不思議な読後感でした。うまく感想がうかびませんが、上品なお菓子を食べたような気分ですが、一方で上品であるがゆえの「封建制」が残っているようにも感じました。「祖父から伝わって大事なぬいぐるみで、子供には別なのを与えるけど、いつかはその隣でこの二つを並べたいんだ!」と急に夫から言われた妻は「いやです」とは絶対に言えないような気がします。
#13
続 こわい話
作者: 長月夕子
文字数: 992
おそらく出会ったばかりの男女がバーでお互いにトイレにまつわるこわい話をしている。男が語ったトイレの話とは、アパートの共同便所を男が使っていた頃、隣の住人と廊下では一度もすれ違わないのにトイレではよく出会った。住人も男もノックをする習慣がなかったので、お互いが用をたしている姿を目撃しあう、あるいは目撃されることとなったが実にこわい体験だ、という語りを終えたあと、男は女の近所に住んでいて、男の部屋からは女の部屋がよく見えることを告白する。
最初読んだときは最後の一文が決定的に怖かったです。男が本当にしたかったコワイ話というのは自分が女のストーカーで、ずっと部屋からその生活をノゾいていたよ! という告白だったのかと思うとゾッとしました。でもちょっと時間をおいて読むと、この後、この二人は結構いい感じになるんではないか、と思います。男のノゾき告白は彼なりのノゾキをやめるための前向きな手段であったのかもしれない。もともと初対面の男にトイレの話をする女性はある意味では男に対する警戒心を緩めているような気もします。もちろん唐突に「君の部屋を実はノゾいてたんだ」と言われた女はひいてしまうかもしれませんが、それでもこの二人はうまくいくような気がしました。ストーカーやノゾキは今でこそ変態ですが、その昔はそれは愛の告白の一歩手前の、歪んだ情熱の一種であって、そうしたストーカーが勇気をだして声をかけた物語して、これは秀逸な一編です。
#22
The perfect world
作者: 灰人
文字数: 992
インドを思わせる国にいる主人公はたくさんの犬の死骸と、その死骸を喰らう犬の姿をみる。あるとき、犬の牙をみつけて、それを自分の口に押し当てた主人公は犬のように食べてやろうか、と犬の死体を噛んでみたりする話。
詩として読むべきなのだと思いますが、描写がリアルなので実際の世界が舞台の物語として読みました。そうすると犬を食べようとしたり、内臓をかきまわして「これが死なのだ、私の肉であり私の犬なのだ」と思う主人公はどういう人間なんだろうか、どういう状況で人間はこのようになるのだろうか、と思わずにいられませんでした。もし主人公が日本人でインド旅行中の出来事だとしたら、きっと彼は金持ちの息子なんだろうな、と思いました。もちろん、詩として言葉の響きで読むべきだとは思いますが……。