第95期 #4
私の部屋には一匹の蜘蛛が住み着いている。彼は私の友人で名前はオズワルドという。彼が名乗った訳では無く、私が勝手にそう名付けたのである。名前の由来に関しては、J・F・ケネディもジャック・ルビーも関係ない。ただ、瞬間に浮かんだのがその名前だっただけである。
彼の体は酷く小さい。中途半端な長さの脚を伸ばしても一センチにも満たないだろう。そして、彼の同胞である女郎蜘蛛などに比べれば、惨めな程に地味だった。暗褐色の体に数本の黒いラインが入ったその姿をジッと壁に這わせている様は、ベンチで眠る萎びた老人のようだった。
だが、このしみったれた同居人のことが私は大好きだった。彼は実に寡黙だった。私の部屋を訪ねてくる知人は、とかく喧しい者が多かった。お喋り好きな者をはじめとして、或る者は重苦しい羽音をブブブンと立て、また或る者に至っては網戸にゴツゴツと特攻を仕掛ける始末だった。それに対して、オズワルドは決して如何なる音も立てなかった。いつも、気がつけば其処にいるのである。かと言って、気を使う心配もいらなかった。
そして、何よりも好ましかったのは、その自己主張の消極さだった。身体の大きさから、服装から、食事、行動に至るまで、あらゆるもので彼は自己主張をしなかった。己を誇張しアピールしなかった。私は彼ほどに謙虚な奴を見たことがなかった。私にとって謙遜、謙虚は限りの無い美徳であって、自己主張などと言うものは悪徳や悪癖の類でしかなかった。それが雄弁なる者達や交際家達への低俗な嫉妬に由来することは自覚していたが、だからと言って、やはり謙虚が美徳であることに変わりはなかった。
そんなオズワルドであるが、ある日久方ぶりに会うと、以前よりも身体が二倍も大きくなっていた。前よりも目立つようになっていたが、これは身体が成長したからであって彼に罪はなかった。それから、見かける度に、彼の大きさは倍になっていった。それでも私は気にならなかった。
だが、ついには彼の身体は私よりも大きくなってしまった。私の頭の横で緩慢に動いている鋭い顎は、恐らくそのうちに私を噛み砕くのだろう。しかし、私は逃げようとは思わなかった。その時が来たならば、黙って食われてやろうと心に決めていた。それが、親愛なる友人に対する私のささやかな礼だった。彼のことだから、きっと遠慮がちに私を食むのだろう。あくまで静かに、あくまで上品に。