第95期 #3

灯りの下

 夜の街を、たった一人の男が、分厚いコートを纏い、震えながら歩いていた。煙草に火を付けようと燧火を擦ったが、その小さな炎は風で失せてしまった。
 男は、会社からの帰路にあった。
 彼は作家という副職をも持っていた。先日も大きな賞に応募したが、自分がそれを獲るとは思っても見なかったので、その日発表の雑誌に触れることはなかった。
 が、偶然道に、その雑誌が落ちていたのである。男は運命を感じた。それは、闇の中で煌々と輝く運命の街灯の下にあった。
 男は黙ってそれを拾った。雑誌は驚くほど冷えていて、持っていると手が凍ってしまいそうであった。震える手で、雑誌を開いた。
 男は目を見開いた。男の胸は躍った。そして小さく笑った後、男は、家に駆けた。
 翌日、多くの報道関係者が、男の家に訪れた。男はそれを押しのけるようにして、出版社に行った。
 午後、男は出版社の担当の女と話していた。
「申し訳ありません。編集ミスで、本当の入賞者は、別の方なんです。」
男は凍り付いた。
言うまでもなく男は抗ったが、無力だった。その日丁度、詫び状が届くらしかった。
 男は訂正板の雑誌を渡され、出版社を去った。
 男は昨日と同じ道を歩んだ。ふと、街灯が目に入った。その瞬間、男の怒りは沸点に達した。男は雑誌を投げ捨てると、腹いせに街灯を一蹴りした。その音は町中に響き渡った。
 その日、十二時を回った頃、また一人の男が同じ道を歩いた。男は薄れたコートを纏い、震えながら歩いていた。
 男は、果てるつもりであった。二十年間作家として活動してきたが、ずっと応募してきた文學賞を、今年も取ることができなかったのである。男に副職はなく、生活保護で何とか生活していた。その苦しさもピークに達していて、その年の文學賞の賞金が、唯一の希望の光だった。が、その日の朝街角の店で見たニュースでは、別の男が讃えられていた。男は雑誌を買うつもりもなかった。
 が、偶然、道にその雑誌が落ちていたのである。男は運命を感じた。それは、煌々と輝く街灯の下にあった。
 男は黙ってそれを拾った。雑誌はほんのりと温かかった。持っていると、凍り付いた手が和らぐようであった。男はため息をつくとその雑誌を開いた。
 男は目を見開いた。そして男は半信半疑の気持ちで、小さく笑うと、その雑誌を抱きしめ、出版社に駆けた。



Copyright © 2010 八代 翔 / 編集: 短編