第93期 #9

傷の話

 森を抜けた後、最初に僕を出迎えたのは子供たちだった。村に入ってきたよそ者に気づくと、歓声をあげて駆け寄り、泥のこびりついた長靴に手を伸ばし、帆布製のナップザックによじ登り、髭につかみかかってくる。脂で汚れた髪へ柔らかな指の腹が触れるたびに、僕は慄いた。誰かの指が最後に僕に触れてから、どれだけの年月が経ったことか。
 中央広場の前で立ち止まった。追想にふけるためではない。子供の顔に、薄いひび割れのような傷跡を見つけたからだ。その場の二十人のうち、傷がある子は四人。みんな年長で、どの傷も同じ場所、唇の右端から右目の下までを斜めに走っている。吸い寄せられた視線を反らすと、今度は大人たちが視界に飛びこんできた。ある者は縁台に座り、ある者は立ったまま腕組みし、骸骨じみた眼窩の底に白い光を揺らしながら、僕たちを遠巻きに眺めていた。そのすべての顔に葉脈のように、細い傷が縦横に走っているのを、僕は見た。

 もちろん、年齢差はある。午後遅く、僕に一夜の宿を提供してくれた老人はそう説明した。二十歳を過ぎても傷つかん男がいれば、初潮も来ないまま最初の傷がついてしまう子もいる。でも最後はみんな同じだ。傷が傷を呼ぶ。傷から逃げられる者はいない。あんたも私もだ。
 僕はこの村の人間ではありません。
 いいか、顔の傷なんてものは本当の傷ではないんだ。そんなものはただのしるしだ。あんたはとうに傷ついている。ただ、しるしがついていないだけだ。だが夜が明けるまでに、あんたに最初に傷をつけた者がここに現われる。あんたの顔にしるしを残していく。
 では、すぐに出発します。
 そうか、と老人は意外そうに言った。あんたは、会うためにここに来のかと思っていたよ。

 僕は出発しなかった。逃げたいのか会いたいのか、自分にもわからないまま、僕にあてがわれた部屋の中で、眠らずに待っていた。午前二時、私の旅のきっかけをつくった女、旅の間ずっと忘れようとし、ほとんど忘れることができたと思っていた女は、闇の中から現われ、あたりまえのように僕の前に立った。僕は息を飲んだが、次の瞬間にはそんな自分を滑稽に感じた。わかっていたことだ。この世界のどこを旅しようと、逃れることはできない。動悸がおさまると、村を囲む森と同じくらい深いあきらめが降りてきた。ベッドに腰をおろし、女が握りしめている三日月のように細いナイフに向かって、僕は右頬を差し出した。



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