第93期 #10
都内で有数の広さを誇る谷ノ内霊園。霊園内には寺、仏具屋に加えて、スーパーや床屋、コンビニまである。ひとつの町として機能しているのだ。
宮田は霊園内のコンビニでアルバイトをしているフリーターだ。彼が勤務する深夜はほとんど客が来ない。だが、客が来たわけではないのに入り口の自動ドアが勝手に開くことは店員なら周知の事実であった。だが、宮田しか知らない事実が一つある。それは、宮田には「見える」ということだった。
秋の訪れを感じさせる季節。深夜いつものように店内の商品配置をミリ単位で調整していた宮田に、冷たい空気が足元から迫ってきた。入り口の自動ドアが開き、一人の聡明な顔立ちの男が入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
入ってきた男は「常連客」だった。昼間はほとんど観光客か墓参りの客しか来店しないので、常連客というのは珍しい。だが、宮田だけに「見える」客たちは、2日に一回は来る。それほど暇なのだろうと密かに思っていた。
「常連客」は雑誌コーナーで長々と立ち読みをし、コンビニ内を一周しておにぎりを2個とペットボトルの緑茶を手に取り、レジへと歩いてきた。宮田は驚いた様子も無く、商品4点のバーコードをスキャンした。
「合計で1078円になります。」
「…私は、本当に大政奉還をしてよかったのだろうか。」
「常連客」の慶喜がため息をもらした。確か、去年も同じことをぼやいていた気がする。宮田は笑顔でこう言った。
「何を言っているんですか、慶喜さん。今も侍の時代が続いていたら、こうしてジャンプを立ち読みすることもできないですし、コンビニだって無いですよ。もちろん、このDVD付きのエッチな本もね。」
慶喜はハニカミながら、おにぎりとお茶とは別の袋に入った本を大事そうに抱えて出て行った。
30分後、今度は老婆が入って来た。初めて見る顔だった。最近この霊園に引っ越してきたのだろう。高級そうなガウンを纏い、点滴の管が何本も袖や胸元から出ている。驚いたことに、両足のすねが骨までかじられている。晩年は苦労したのだろう、顔はげっそりとしている。老婆は「骨元気」と書かれた牛乳を3本レジまで持ってきた。宮田は優しい顔で老婆を見つめた。
「この牛乳、温めますか?」
老婆は少し驚いた後、にっこりと頷いた。
「人肌ぐらいにお願いします。」
暖かな湯気が残った。
翌朝、宮田はおにぎり、お茶、本、牛乳の代金をこっそり支払ったのは言うまでもない。