第93期 #18

月留学

 気まぐれに応募した大学の無料留学が当たってしまった。しかもよりによって月。中国やアメリカに比べて圧倒的に情報量が少なく、僕は何を準備してよいやら全く見当がつかなかった。
「侑!」
僕に声をかけてきたのは親友だった直人。こいつは大学に入学してから更に格好よくなり、更に人気者になった。そして僕の親友ではなくなった。
「お前、月に行くんだろ?」
「うん。」
「何で言わなかった?」
「直人!」
話している間にもこいつは誰かに呼ばれている。僕は直人のもとから去り、教授の研究室に向かう。月について知るためであったが、「専門外だ。」
といって相手にされなかった。月留学主催者に話を聞いても、
「月に直接お問い合わせください。」
の一点張りで何も教えてくれない。困った僕は、考えに考え兎の存在を思い出した。月に住む彼らなら有力な情報を教えてくれるに違いない。まずは近所の野良猫に兎を知らないか聞いてみた。ほとんどは、
「知らんにゃーにゃー。」
と鳴いていたが、ボス猫は流石と言うべきか小学校に勤める兎と知り合いで紹介してくれた。
その週の日曜日、僕は兎に会いに行った。丁度にんじんを食べていたので、少し時間をおいて話しかける。
「こんにちは。」
「ん?ああ、こんにちは。」
流れるような日本語だった。
「日本語お上手ですね。」
「いえいえ。」
兎は照れるようにはにかんだ。僕は早速本題に入り、兎からいろいろな事を聞いた。彼は月からの留学生らしく月についていろいろなことを教えてくれた。特に興味を引いたのはかぐや姫を筆頭に、月には美人で優しい女性が多いということ。月でなら僕にも直人のように彼女ができるかもしれない。
「あと、いつも暗いのですが地面がほのかに光っていてとても素晴らしい所ですよ。」
僕は話を聞けば聞くほど留学が楽しみになった。唯一残念だったのは月で話されている言語での挨拶が聞き取れなかったことである。鈴がなるような言葉だった。
お世話になった兎にお礼のにんじんを渡し、僕は小学校を出た。校門の側には直人が立っていた。
「行くの?」
「行くよ。」
「あっちいったらこっちにいる奴らのお前の記憶が消えるって知ってて言ってんの?」
「うん。」
「俺のも。」
「うん。さっき聞いた。」
「いいの、ほんとに。」
「うん。・・・・・・嘘。よくない。」
直人は久しぶりに俺に笑いかけた。
「俺も行くから。」
「うん。」
僕は先ほどより更にウキウキしながら帰宅した。



Copyright © 2010 立川雪 / 編集: 短編