第92期 #25
けたたましい鳥の囀りに呼び起こされ、眠気覚めやらぬままカーテンを開け放って見上げた空は群青色だった。横にした3のような鳥達が朝もやの中にゆらめいて、もつれた糸に絡め取られているように見えた。朝の野良仕事に向かう老婆の砂利を踏み鳴らす軽い音が遠ざかっていった。囀りの主を捜すべくベランダに出ると威嚇するような羽ばたきをもって鳩が飛び立ち、夥しい羽毛と糞の中、エアコンの排気ダクト上に椀状の巣が残されていた。鳩らの増殖した光景を思うと怖気が立ち、呪われた玉座のようなそれを箒で叩き落とすと、器具を組み込むような音を立てて卵が床に落ちた。遠くで鳩が小さく鳴いた。藁と土と糞尿のこびりついた乳白色の殻は真っ二つに割れ、黄身はその薄い保護膜を突き破って透明な粘液を斑に蝕んだ。
携帯電話には誰からの着信もなかった。水を撒き、糞と羽毛と巣と殻とを排水溝付近にかき集める間じゅう、鳩は横目でこちらを凝視していた。ごみ止めで玉座を砕くと、中から割れずに残った卵が現れた。巣ごとにじってしまおうかとも思ったが、鳩の視線に後ろめたさを感じてやめた。洗って汚れを落とすと、卵はやや桃色がかった乳白色で波紋のような文様がうっすらと浮かび、外殻はゆがみのない美しい流線型をしていた。真由は電話に出ない。市原も同様だった。真由は入口で焦らすと可愛い顔をするとのこと。今ごろ二人は眠っているのだろう。窓の外では先ほどの老婆が罠にかかったと思しき狸を物干し竿に逆さに吊っていた。
押入れをあさって天秤を取り出し、片方の皿に卵、もう片方の皿に分銅を載せた。卵側に傾いた天秤は分銅を十七グラム置いたところでゆっくりと動き出した。ピンセットで板状の分銅をつまんで載せる。窓の外でこつんという音が軽薄に響き、目をやると、老婆が金槌を持って立っていた。吊られた狸は前足をだらりと力なく垂らしていた。老婆は金槌を台におき、包丁を手にとって切っ先を後足に当てた。真由はやりまんだから頼めばやらせてくれますよ、と市原は言った。俺は分銅をもう一枚載せる。天秤は水平に近付く。老婆が皮の裂け目に指を差し込んで引き剥がす。真由の幸せそうな姿を見ているだけでよかった。二枚の分銅を皿の中心で慎重に重ね合わせる。携帯電話は鳴らない。老婆は竿を軋ませながら脱がすように皮を剥ぎ、中から乳白色の弱々しい生き物が震えながら現れた。天秤は水平にぴたりと安定した。