第92期 #21

海辺の六助

 熊猿高校3年B組では、学園祭をめぐって派閥ができていた。

 新築のホールで上演する学級対抗芝居では、ベルサイユのバラを演じたいフランス派と、項羽と劉邦の中国派に分裂し、クラス屋台では洋風カレーのフランス派と生姜モナカの中国派にわかれていた。フランス派のリーダーは才媛美女の吉原さん。携帯電話をわざと持たない彼女にはトリマキがいる。電話をかけるそぶりをするだけで長身の運動部員たちが各自の電話をさしだすのだ。そのにょきっと突き出される日焼けした腕を眺めて「黒い雨が降ってきたみたい」と高笑いするのが吉原さんなのである。

 対する中国派のリーダーは猿山といった。山登り部の男子である。妖艶な吉原さんには見向きもしない。タイプの女性は? と聞かれると、「赤十字の女医!」とこたえるのだが、皆は意味がよくわからない。

「わんだー、わんだー、わんだーふぉーげるっ!」

とナゾの奇声を発することもあって、吉原さんはこの猿山が嫌いでならなかった。しかし、いわゆる草食系男女に猿山の素朴さは人気があるのである。

 ちょうどクラスが真っ二つに割れていたその日、登校拒否の市川六助が珍しく学校へやってきた。登校拒否といっても、六助の場合は女にモテすぎて、女が彼を通わせないのである。両親がなく名義のみの親類の家を出た六助は水商売の女たちにモテる。彼女たちは「六助がいない人生は暗闇」とまで言う始末で、学校の女性教師までもが六助には秋波をおくる。その六助の久しぶりの登校であった。

「みんな、須磨の砂浜で相撲して決めよ?」

 六助の提案だった。彼は行司をすると言った。フランス派の肉体軍団は中国派が吉原さんと相撲できることを嫉んだ。相撲好きの猿山は「相撲にガタイは関係ないっ! わんだー、わんだ、わんだーふぉーげるっ!」と草食系男女を集めて猛練習。

 決戦当日。吉原さんと相撲がしたいムンムンの肉食男子たちは突然中国派に転向宣言。圧倒多数が中国派になると、今度は相撲がしたくてたまらない猿山はフランス派へ転向宣言。猿山を慕う一派もフランス派へ。そうして肉食男子と猿山派が戦う間、吉原さんは相撲そっちのけで六助にうっとり。六助はまじめに行司もやらず、結局、フランスも中国もなくなった。文化祭では吉原さん脚本演出で猿山派と肉食男子の相撲対決を喜劇芝居にすることに。屋台はインドカレーになってこれにて一軒落着。ただ六助はやっぱり学校に来ない。



Copyright © 2010 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編