第92期 #20
今日は友達と遊ぶので帰りが遅くなる。
私が朝食の場でそう言うと、父は渋い顔をした。娘を持つ父としては普通の反応。だが台詞がこれだ。
「女友達と一緒でも危ないな。最近このへんに痴漢が出るんだぞ。いつのまにか友達が、怪しい男に置き換わっているかもしれない。置換だけに」
くだらなすぎるダジャレに、私と母は揃って肩を落とした。父は常にダジャレを飛ばす悪癖がある。真面目な場面でも遠慮なし。聞かされる方はたまらない。
「大丈夫だよ親父。今日は俺も部活が長引くから、帰りに姉ちゃんを送るから」
と、弟が助け舟を出す。帰りに送ってくれるのも助かるが、このダジャレの流れを断ち切ったのがなによりの助け。
「さすがは剣道部主将。勇敢な君ならできる。ゆーかんどぅーいっと、ってな」
なのにまだ続けますかこのクソオヤジは。
「ちょっと父さん! ダジャレはやめてって前から言ってるでしょ。聞かされるこっちは疲れてたまんないのよ!」
私の叫びに、近くにいた母も無言でうなずいた。弟はぽかんとした顔で「俺は面白いと思うけど?」と言ってるがどうでもいい。
父は不満げに言い訳をこぼす。
「だが、父さんはダジャレが活力の源なんだ。ダジャレを他人に聞かせると、力が湧いてくる気がするんだよ」
「だったら家の中じゃなくて、駅前でも行って叫んでればいいでしょ!」
そんな無茶な私の反論に、父はなぜか心底納得した表情で「なるほど」と呟き、止める間もなくあっという間に家を飛び出した。
そして本当に駅前に行き、環境保護を訴えるふりをしてダジャレの独演会を始めたのだ。
「大地をだいち(じ)にしよう! オゾン層がなくなると大損そう! CO2を出さないようにしおっ」
聞かされた周囲の人達は、くだらなさに脱力してバタバタと倒れる。だが反対に父は血色がどんどん良くなり、頭からは毛が生えてハゲも直り、なぜか大胸筋まで発達していく。
際限なくダジャレを言い続けた父は、他人のエネルギーをどんどん吸い取り続け、ついには魔王と恐れられるようになった。倒そうと挑んだ者達は「魔王だなんて、まーおおげさな」と言われただけで即死したという。
今や敵なしの父を倒せる者が一人だけいた。ダジャレを聞いてもむしろ面白がってた弟だ。
「俺は魔剣士として魔王を倒しに行く。魔王には負けんし!」
そう言って彼は、崩れ落ちる私達に背を向け、魔王を倒す長い旅に出たのだった。
なんだこれ。