第92期 #22
快晴、海風、気の利いた休日の午後のひと時。
そんな渚のカフェで、黒のパンツと白のカッターシャツを着た初老のオーナーが、わたしたちのアイスコーヒーを運んできてくれた。
ラッパ型のグラスに注がれたコーヒーは、透きとおったきれいな褐色で、たっぷり入ったロックアイスの姿が見える。グラスには黒いマドラーが挿してある。つい足長おじさんを連想して「渚の紳士」と名づけてみる。
ミルクをコーヒーに注ぐ。ミルクは氷の隙間をぬって、コーヒーとの境界線をあいまいにして溶けていく。ミルクは生命力に満ちている。グラスのなかで、渚の紳士が氷たちとともにくるくる回る。
手元にあったストローは、くるりと曲がったひねくれもの。そっとグラスに挿して口を添えれば、うん、おいしい。
ふぅ。だんだんと気持ちがよくなって、うつらうつらとしてしまう。目を閉じると、遠くから波の音が聞こえてきた。渚で音が重なりあう。意識の奥で、波の音とともに歌が聞こえてくる。
どこのお祭りだろう。まぶたを薄く開けてみた。半分開いた視界から、目の前のグラスのなかで動くものが見える。のぞいてみると、あら素敵。褐色のコーヒーのなかを泳ぎまわる、小さな子供たちの姿が見える。
心浮かれて眺めていると、泳ぎまわる子供たちの下で、アコーディオンを弾く紳士に気づいた。オクラホマミキサを奏でている。ちゃららららららん、ちゃらららららら。曲に乗って泳ぐ子供たち。紳士の足下では、沈殿した白いミルクの砂が溜まっている。
子供たちのなかで、長い手足をぎこちなく動かすおにいさんがいた。ひとりの子供が、おにいさんにあわせていっしょにオクラホマを踊っている。やさしい子ね。
見惚れていると、お腹のなかから赤ん坊の声がした。さっき飲んだコーヒーからオクラホマを聴いたようす。お腹のなかを元気に泳ぐ。あなたも楽しくなったの? 温かい気持ちになってお腹をなでる。
浜辺から吹いてきた風が、頬をなでた。
目を開けると、目の前には一口分だけ減ったさっきのミルクコーヒーがあった。グラスに浮かぶ氷の間で、マドラーとストローが立っていた。
カウンターではオーナーが食器を拭いている。わたしはやさしい高揚感に包まれながら、向かいの席に座る、何も知らない夫と娘を見て思う。なんという平和の象徴だろうと。
「ねぇ、ママみて。
みぎてはぐうで、ひだりてはちょきで、かたつむりー、かたつむりー。ね?」