第9期 #19

カーネーション、ユリ、ユリ、バラ

 草むらに落ちて燃える提灯を見ながら、彼女はいった。
「ねえ、キスしてみようか」


「ヴァイオリンを弾く友人がいて、今日、演奏会があるんだけど、花でも贈ろうかとおもって、なにかいいのあるかな?」
「ユリなんていかがでしょう?」
「あー、きれいだね」
「今日の一番ですよ」
「じゃあ、それにしよう……あ、でも、こっちのカーネーションもいいね」
「きれいでしょう。でも、お母さんにあげるんじゃないでしょう」
「まあね。バラもあるかな?」
「もちろん」
「じゃ、カーネーションとユリとバラだけでの花束を作ってよ。ユリがメインで」
「そんな変な花束……」
「まあ、そんなこといわずにさ」
 できあがった花束は女の子の努力の甲斐もなく、なんとも奇妙な代物になっていた。
「このようなものでよいでしょうか」
 宿題を先生に提出する小学生のように女の子はおずおずと花束を差し出した。
「いいよ、いいよ、上出来だよ。じゃあ、こんど飯でも食いにいくかい? 二人で」
「はい!?」
「いや、いいんだ。あー、ちょっと聞くけど、君、テート・ギャラリーは知ってる?」
「は?」
「あー、いいんだ。変な客ですまないね。いくらだっけ、それ」


「もしもし、わたしだけど、あなたでしょう。花束くれたの」
 受話器をとると彼女の声が響いた。
「あー、なんのことだか」
「とぼけないで。芳名帳に『幼なじみ』って書いたんでしょう。受付の人にきいたわ」
「赤ん坊のころから八方美人だった君のことだ。何人もいるだろう、幼なじみは」
「名前の欄に『幼なじみ』って書いて、あんな花束くれるのは、あなたしか考えられないわ。せっかく来たらなら送別会にも来てくれればよかったのに」
「会いたくないヤツにも会わなきゃいけなくなるからな」
「また、そんなこといって……。三年は会えなくなるんだから、空港には来てくれるんでしょう?」
「行けたらな。三年って……正月には帰って来るんだろう?」
「そうなんだけど旦那の仕事もあるから……ねえ、こっちにおいでよ、住む所、テート・ギャラリーが近くにあるんだよ。知ってたんでしょう。だから、あんな花束を」
「あー、昔、提灯、燃やしちゃったことがあっただろう」
「うん、覚えてるよ。海老原さんとキャンプにいったときよ。小学三年のとき」
「あれをさ、思い出すんだ」
「楽しかったね」
「ああ」
「ねえ、知ってる? あれから二十年も経ったのよ」
「ああ、はやいね」
「そうよ」彼女はいった。「はやいのよ」



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