第88期 #11
駅を出て、もう慣れてしまった通学路を歩く。少し寂れた駅前通りはいつもと変わらず、人々は心の内をしまい隠すようにコートの前を繋ぎ合せて足早に、それぞれの行く先を目指す。
コンビニを過ぎ、まだお姉さんと呼べそうな女性が、白い杖で点字ブロックをこんこんとリズミカルに叩きながら、僕のずっと先を歩いている。そのまた向こうにいる早苗を目指して僕は歩みを早める。どんなに近付いても、早苗は僕がその肩を叩くまで決して振り向かない。白い耳たぶにうっすらと青い筋が浮かんでいるのが見えた。
「おはよう」
「おはよう」
早苗とは中学からの知り合いで、降りる駅が同じなので高校に入った今でもこうして途中まで並んで歩く。
「――それでね。今度の日曜に誘われたんだけど、これってデートだよね……?」
友達を作るのが苦手な早苗がバイトを始めたと聞かされたときは驚いた。あるとき様子を見に行くと、早苗は先輩風の青年と親しげに会話していた。からかわれた早苗の手が先輩の腕に触れるのを、僕は覚えていた。相手はきっとこの先輩のことだろう。
どうしようかな、と早苗は、切り立ての髪の、シャギーの入った毛先を指でくるくるとせわしなく弄んでいる。
「日曜ってガキの使いが終わるとなんだか切ないよね」
僕はそう答えた。
翌日。僕はいつもより一本早い電車に乗った。
駅から降りて見る風景はいつもと変わらず、吐き出された面々は異なっても、そこに新鮮さを見出すことはできなかったが、お姉さんはまだ駅を出てすぐのところを歩いていた。
お姉さんの歩く先、コンビニの前に遮るように自転車が置いてあったが、お姉さんはそれをさも当然のようにひょいとかわす。そのときタオルがはらりと落ちた。タオルはピンク色で『ママのタオル』とへたくそな刺繍が施されていた。
「すみません、落ちましたよ」
「ありがとう。今日はあの子と別行動なのね」
僕はなにを返せばいいのかわからず、黙ることで先を促した。
「あの子、さっき私のこと抜いて行ったのよ」
お姉さんが言い終わるのを待たず、コンビニから早苗が出てきた。
「おはよう」
「おはよう」
「今度の日曜さ、俺アバター観に行こうと思ってて。なんかすごいらしいよ、映像が」
「面白そう」
「じゃあ一緒に行く?」
「うん」
「いいの?」
「うん?」
早苗が無邪気に僕を傷つけるはずがない。
これを心できちっと文字に直すと、それは信じるに足るだけの重みがあった。