第85期 #27

おじいちゃんの呪い

 結んだ糸にぶら下がってゆらゆら揺れる五円玉の穴からちらちらとおじいちゃんの顔がのぞき、それが目の前のおじいちゃんとはあまりにもかけ離れた表情を浮かべていて、私は穴に見入ってしまうのだ。
「加奈子、じゃあ始めようか」
 おじいちゃんは目尻を下げ、穏やかな声で私に制服を脱ぐよう優しく促す。
「渡さないからな、加奈子は絶対に渡さないからな」
 おじいちゃんの体臭は加齢臭というよりも既に死臭で、私の上を這い回るように激しく動きながら、そんな呪詛を吐いた。私の中でふるふると絶頂に達したおじいちゃんは、精根尽き果てたように寝息を立て、やがてこと切れた。
 おじいちゃんの亡骸は割合に軽く、わきに退けてから服を着て、薄汚れた五円玉をポケットにしまってから救急車を呼んだが、現れた救急隊員の驚いたような軽蔑するような瞳がなんだか可笑しかった。

 親戚に助けられながらの慎ましやかな葬式も終わり、おじいちゃんが私に残したものといえば古臭い木造の平屋と老いた柴犬、それと少々の蓄えだった。
 老犬は主の亡くなったことにも気付いていないようで、相変わらずのふて腐れた毎日を過ごしている。名前を呼んでも振り向くこともなく、なんとなく人恋しさを覚えた私がじゃれ付くと、老犬は若かりし頃のように赤黒いあれをそり立たせて身を固くしたので、私は何かに操られるかのように老犬を絶頂にいざなってしまった。
 出すものを出し、まるで何事もなかったかのように涼しい顔で眠る老犬を五円玉越しに眺めると、そこにおじいちゃんがいた。
 おじいちゃん、と呼びかけると、老犬は面倒くさそうに片眉を上げてこちらを見たので、私は老犬をたしなめた手のひらを見つめながら少し考え込んでしまう。

 すっかり枯れ落ちた町並みを五円玉から覗けば、そこには色づきはじめた世界が広がっている。
 見上げると今にも降り出しそうな厚い雲が空を覆い、私は天に向かって五円玉を掲げ、そこから見える雲ひとつない突き抜けるような青空に息を飲んだ。空はどこまでも青く澄み渡っている。
 私は腕をいっぱいに広げて存在を誇示し、今度こそ私から何もかも全てを奪い去って欲しいと、この小さな穴に願った。

 向こうの通りで手を振る靖史くんを何の気なしに覗き、そこから見えた彼の姿に、私はなんだか気恥ずかしいような、だけどすがり付きたくなってしまうような、そんな感じを覚え、おそるおそる手を振り返した。



Copyright © 2009 高橋唯 / 編集: 短編