第85期 #28

男が交際中の女に四つの話を聞かせる。

――僕が聞いた話をするよ。
――うん。話して。


耳無丸

 明けて間もない山を独り歩いていると、不意に、川のせせらぎも樹々のざわめきも自分の足音さえも消えてしまうことがあるのだという。このとき、自分はどこどこから来ただれだれで、これからどこどこへ向かうところである、と大声で叫ぶようにしていうと、まわりの音がかえって来るのだそうだ。これは耳無丸と呼ばれるものの仕業といわれており、そのものは自分と同じように音の聞こえない人間を連れていこうという魂胆であるので、取り合おうとせずに歩き続けるのは宜しくないということである。

黄泉送

 とある山奥に大雨の降った翌日にだけ現れる、水嵩が足首に届かない小川があり、地元の人間は決して近づかないのだが、その川がふたたび干上がる翌朝には、近隣の宿の蒲団の中で干からびて死んでいる旅人が、年に数人は出るのだそうだ。この小川を地元では黄泉送と呼んでおり、樹々の根に絡みとられていた魂が、これに乗って黄泉の国へ流れてゆくのだという。

人面玉

 樹齢二百年以上の大樹の洞に、赤子ほどの大きさの艶々した丸い玉が見つかることがあるという。その玉には人の面相のような模様があり、それを川の水に浸けておくと、だんだんと大きくなってゆき、一昼夜して人の形となる。もとは玉だったそれが当然のように口をきくので、いろいろと問い質してゆくと、十数年前に山に入ったっきり行方不明になっていた、とある村の男だった、とわかったりするのだそうである。もしも大樹を尋ねて歩く夫婦があれば、この玉を捜し求めているのかもしれない。

子成犬

 夫婦となって十年以上、子ができない家の牝犬が出産すると、中の一匹にすらすらと人語を操る犬が交じっていることがあるのだそうだ。その子犬は、家の者たちがそれぞれ胸の内にしまっている家庭内の不平不満を、まるで本人であるかのように次々と言い当て、家族中に洗いざらい喋ってしまう。そうして、生れ落ちて三日目の朝に死ぬ。その日の日没までに、夫婦二人で、この遺骸を麻の布に包み近隣の山に丁重に葬ると、半年のうちには懐妊の知らせがあるのだという。


――なんだか、意味あり気ね。
――そうかな。意味なんてあるのかな。
――意味のない言葉なんてないでしょ? だったら意味のないお話なんてないはずだわ。
――白状するけど、これは僕なりのプロポーズなんだ。
――それじゃあ、わたしも何かお話を見つけなくっちゃね。



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