第83期 #8
理科室に集められた補習組は、教師が三十七度の暑気から逃げ出したので、各々趣味に興じている。
「野球部うるせー」
うんざりげな志穂がふんぞり返って水に当たる脇で由宇は文庫本を読んでいたが間もなく閉じ、眼鏡越しにごちる。
「声を出すのが仕事なんて無意味ね」
その台詞を合図に赤点女子が動き出す。明美は鞄を探り、千秋は火薬の小瓶を机に揃える。志穂はボブを整えて指揮官の顔になる。
「装備は?」ぶっきらぼうに明美。無敵の狙撃兵は勉強以外常に冷静さを崩さない。
「水風船」
「水鉄砲」
「スナイパーライフルじゃないのか」
「いや、死ぬし」志穂がけらけら笑う。
「爆弾、入れて良いかな」
「いいんじゃん?」
千秋が嬉しげに微笑む。一見気弱な少女の心の闇は積乱雲のごとく深い。
入道雲の絶壁と低い空に応援声が響き、白球が弧を描いて理科室の窓にぶつかった。四階とグラウンド、開戦の礼砲。
「誰よ打った馬鹿」
「二年の西岡ね」
「悪い人じゃないよ」
「知るか」
四人は喋りながら準備を整えて行く。強化水鉄砲、ペイント弾入りの狙撃銃、水風船の山、小型爆弾、致死性の無い武装だが裏にある知識と殺意は色濃い。戦士の表情が理科室の淀んだ空気を一つの流れに纏める。
開け放たれた窓から湿気を含んだ風が吹き込んでプリントを吹き飛ばす。千秋の悲鳴をものともせず、志穂は照準器を覗き込んで投手めがけ無数の水弾を撃ち込む。振り被った体勢から二塁方向へ弾き飛ばされエースは最初の犠牲者と化す。野球部の目が理科室に向き、部員達から罵声が飛ぶ。砂で汚れた白球が投げつけられる。
「殺すぞテメー!!」
「こっちの台詞だあ!!」
指揮官の啖呵をきっかけに戦争が始まる。乱れ飛ぶ水風船と水弾、更には所々で控えめな爆発が起こる。当初は反撃を試みた野球部も高度の差と弾幕に劣勢を強いられ、遂には逃げ出す一年生が出る。攻撃は止まない。レギュラーは明美の狙撃で一人一人倒される。補欠は水風船にすら恐れをなす。とうとう監督が出てくるも、これ幸いと千秋以外の三名が窓に足をかけた。
「やるよ」
「いいわ」
「ヅラ吹っ飛ばす」
千秋が不安げに残った兵器をばら撒く中、監督の頭に集中砲火をくれる戦士達。戦争が夏の始まりを告げる。勝利宣言とばかりに水道を全開にした理科室を四人の笑い声が満たした。