第83期 #7

nikki

空は、雨が降りそうで降らない、くもり。
あたしは小さなあくびをして、パソコンの画面に向かう。
ついこの間梅雨明けを宣言したニュースは、連日の雨に何の責任も感じないかのように、白々しく政治家や芸能人の顔を移す。あたしはそんなことより、明日晴れたらいいなと思う。
今日の朝はいつもより早く起きた。いつもより早く会社に行かなきゃいけなかったからだ。でも、いつもより早いその起床時間も、既に家を出なきゃいけない時刻を過ぎていた。
携帯電話のアラームが空しく響く。画面は暗かった。やたら電池を食う有機ELディスプレイが壊れたのは三日前の朝。だからアラームがセットできなかったんだと苦しい言い訳をしてみて、でも直す気分にもなれなくて、とりあえず携帯電話のスピーカを枕に押し付けて音を殺した。
シャワーも浴びずに家を飛び出す。昨日化粧を落とすのを忘れて寝た。肌年齢が上昇するのを感じる。この間、四捨五入で三十路を迎えた。着々と近づく寿命の足音。子供だったのはずっと昔。道端の三輪車の黄色がムカついたので思い切り蹴飛ばした。遅刻なんて言葉がなかった時代。そんなのもう永遠に来ない。否、いつかは来る。でもそれは時間すらも無くなる時だ。マイスター・ホラも死んだ人間の時間の花は管理してくれない。
暑い。暑い。人いきれが耳に痛い。電車内はちっとも涼しくなかった。ドアが開いて、新宿駅にべろっと吐き出される。そのまま地下鉄に乗り換えて一駅。大きなビルに走りこんで、エレベータで運搬されて、パソコンを取り出して、立ち上げて、今のあたしがいる。
小さなあくびをする。もう一回。あたしは今、何をしてるんだろう。高いビルの真ん中で、空を見て晴れたらいいなって考えているあたし。政治家が汚いことをしてても、芸能人が熱愛してても、上司がいらいらしてても、どっかで誰かが苦しんでても、身近な誰かが死んでいても、あたしは何事もなく、明日晴れたらいいなって願うんだろう。青空が見たいなって思うんだろう。遊んで、食べて、寝るんだろう。

なんだかきっと、それだけのこと。

なのに妙に悲しくなって、あたしは慌ててパソコンの画面に向き直った。仕事、仕事、恋愛、趣味。Googleで調べて答えがあったら素敵なのに。でもそんなの幻想だってことはわかってるから、あたしはこっそりインターネットを立ち上げて、明日の天気を調べてみた。
くもり。



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