第83期 #20

『幻獣料亭』

 数年来に会った友人が、今夜は奢らせてくれとせがむので、行きつけだという料亭に行った。仕事を探すと言い残して彼が姿を消すまでに、私が奢った回数は覚えていない。金額は相当なものになるだろう。出世払いとは言っていたものの、行きつくあてのない献金をしていたようなものだった。久々に会った彼の身なりはきちんとしていて、皺ひとつないスーツで、髪はジェルで固めていた。
 個室に入り座椅子に腰を下ろすと、すぐにお通しが来た。小鉢の中に、くすんだ緑色の木の根が盛られ、黄土色のソースがかけられている。女将はマンドラゴラの酢味噌がけですと言った。
「マンドラゴラ?」
 聞きなれない食材の名前に私が聞き返すと、女将はイングランド産ですと聞いてもいない原産地を教えてくれた。とりあえず、塗り箸で口に運ぶ。多少の苦味。濃い目の酢味噌とよく合う。
 次は、握りの寿司。しかし普段見慣れたネタはない。蛸の一種かとも思われる深緑色の魚介類はクラーケン。歯応えは思ったより軟いが、身のざらつきは癖になる。焦がした鰻に似たヒュドラの蒲焼は、ほんのり香ばしく、鉄分臭さが独特の風味を醸し出す。牧神パンの握りは、一見白身魚のようだが噛むと獣臭さが口内に広がる。神クラスとなると稀少らしく、女将がこっそり耳打ちしてくれた時価は、到底私のような凡人には支払えない額だった。癖のない上品な味。馬刺しの握りかと思ったものは一角獣で、見た目こそ馬肉だが、滑らかな舌触りと甘い香りが特徴的だった。
 次から次に料理は出てきた。切り身のステーキは、ペガサスとミノタウロスの肉。ペガサスは馬肉で、刺身に出来ないのは一角獣より血合いが多いかららしい。メドューサの血から生まれたのだから当然ですわ、と女将は笑う。ミノタウロスの肉は固かったが、脂身は少なく、聞けば歯ごたえは人肉と同じらしい。中国産飛龍の鍋。バジリスクのつみれと、ガルーダの串焼き。友人は不老長寿になるという人魚のカルパッチョを頼んだが品切れだった。酒は吸血鬼の血液の白ワイン割り。赤ワインと見た目は変わらない。酒がよく回り、デザートには夢魔の乳で作った杏仁豆腐……。

 翌朝、部屋で目が覚め、二日酔いを労わりつつカップラーメンを啜った。美味しくもなんともない。ラーメンを流しに捨てると、私は身なりを整え、美味なる食材たちを探しに旅に出た。
 かくして、私はモンスターハンターへの道を歩み始めたのである。



Copyright © 2009 石川楡井 / 編集: 短編