第83期 #21

イゾルデ

 わたくしの、肉体をもたない半身であり恋人でもあるトリスタンがとうとう、
(もういいよ……ぼく、女になるよ)
 といいだしますので、わたくしは、真実の愛が見つかる、と噂の遥か東国の物語――この本を譲ってくださったさる貴族は、二一世紀の書物が原本だそうですよとおかしなことを仰っていました――を参考にいたしまして、苦行をはじめる決心をしたのでした。
 なにゆえ苦行というのか、それは――強姦、妊娠、暴力、堕胎、自殺未遂を短期間に経験し、仕上げに、近しい人が不治の病に冒され死んでいく様を見届けることによってのみ真実の愛に到達することができる、ということらしいからなのでした。
(そんな不道徳なことないよ)
 とトリスタンはいうのでしたが、わたくしの決心は凪いだ海のように揺るがないのでした。
 そしてその晩から、ブランジァンに頼み込んで真夜中の城を抜けだしては、ペリニスからひきだした情報をもとに街の物騒らしいところを徘徊し、男性を捕まえる生活をはじめました――もちろんそれは<強姦>でなければならないので精一杯抵抗いたしましたし、はじめのうちは控え目にいっても死んでしまいたいような痛みの連続でした。
(ああ……イゾルデ……ぼくのイゾルデ……どうして、どうしてこんな……)
 連日にわたるトリスタンの泣き声――そして叔父を殺したコーンウォールの騎士の名がトリスタンだと知ったときの驚き――のためにわたくしの心は引き裂かれるようでしたが、街の産婆から懐妊していると聞かされますと、その傷も瞬く間に癒えたようでした。
 産婆の家にあった刃物で手首を軽く斬りつけて城にもどりますと――死ぬ必要はないのですから傷の深さは問題ではないはずです――サビナの服用をはじめました。数日して、赤く、親指ほどの大きさのものが外にでました。
 それから間もなく出会ったのが、毒に冒され死に瀕したタントリスなのでした。
 けれど、どうしてでしょう、わたくしはタントリスを見殺しにできなかったのです。
 そしてなんということでしょう。あのトリスタンが、わたくしの半身が、タントリスの看病に心を奪われているあいだに消えてしまったのです。
 そのタントリスも、逃げるようにわたくしのもとを去りました。
 近々、お父様が、竜を退治した者に王女をあたえる、というおふれをだすのだそうです。
 東国の物語は燃やしてしまいました。
 トリスタンは、まだもどってきません。



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