第83期 #22
大学の友人が自分で作ったと云う箱庭を、彼の手から渡された。それは、あまり箱庭と呼ぶには相応しくない、奇妙な物だった。
五十センチ程の、紫色の壁に囲まれたその箱には、箱庭に在るべき敷砂や、草や動物の置物は無くて、ただ二体の人形が立っていた。箱の底板には小さなマス目があった。人形は少し間を置いて、同じ方向を向いていた。
人形は体長一五〇ミリ程度の、掌に乗る程の大きさだった。左側の人形は黒い燕尾服を着ており、右のもう一つは、女性の赤い振袖の着物を着て、前で手を重ねていた。人形は二体共、顔が無くて、表情が判らなかった。
僕には付き合っている彼女が居た。アパートの部屋に置いておいたそれを、彼女が見つけた。何此れ、と僕に訊ねた。友達が作った箱庭、とだけ僕は答えた。彼女も僕も、それ以上何も云わなかった。
箱庭をくれた彼は、同じ心理学科の友人だけど、入学後暫くすると、大学でもあまり会わなくなっていた。現に今は、顔を見掛けても話し掛けなかった。そんな折での、この彼自身の作った箱庭を手渡された事に、驚いた。箱をもらって次の日も彼を見た。しかし話はしなかった。アパートに戻って箱の中を見ると、奇妙な事に気が付いた。二つの人形の間が、少しだけ縮まっていた。
次の日、廊下で彼と擦れ違った。少し話をした。僕から話し掛けた。おかしな箱庭だね、と云うと、そうかい、と彼は答えた。部屋に戻ると、左の燕尾服を着た人形が、振袖の人形の方へ少し向きを変えていた。また次の日も彼と会った。向こうから話し掛けてきた。部屋に戻ると、今度は振袖の人形が向きを変えていた。
僕は箱庭に魅了され始めた。彼女が話し掛けてきても、僕は返事もせずに人形を見詰めていた。ただ彼女が、私の事愛してる、と訊いた時は返事をした。勿論だよ、何で、と云うと、今度は彼女が答えなかった。
いつしか二体の人形は向き合って、お互いの腰に触れようとしていた。寂しげな、顔の無い二体の人形。しかし、表情が無くとも、今僕は彼らの抱いている感情を理解する事ができる。明日には、二人の夢も叶うように思われた。
翌日、学校から帰って部屋の戸を開けると、二つに割れた箱庭が目に入った。人形も壊れて、ばらばらになって床に落ちていた。壊れた箱庭の前には、うずくまる彼女の背中が見えた。
その小さく震える肩を見て、今僕の体は快感に満たされている。あぁ、だから君が一番愛しい――。