第83期 #17

赤い糸

 インターネットで仲良しになった女子高校生と仙台で会うことになって、東京に住んでいた俺は、ある週末に新幹線に乗って北へ小旅行をした。
 途中で牛タン弁当などを買って楽しかった。牛タン弁当は加熱式というやつで、容器底部から延びる黄色い紐を引っ張ると湯気が出るほど温まる仕掛けだ。どういう化学変化かは知らない。いずれにしろ、思わぬところで温かなものを口にできたことが嬉しい。
 缶ビールなども買い、居酒屋気分で車中を過ごした。

 音絵ちゃんとはチャットサイトで知り合った。ボタンをクリックすると見知らぬ誰かと一対一でチャットができるところで、十六日前のことだ。
 彼女がこう切り出してきた。
「他人と同じことをすると比べられるから嫌」
「うん」
「いっそみんなと同じ言葉を喋ることだって辞めたい」
「でもそうしたら俺ともこうしてチャットできない」
 この私の言葉に彼女がいくらか反論したかと思う。音絵ちゃんは、今の自分の気分を正当化するために、心理学の用語なども持ち出していたように覚えている。俺は人間というのは全ページ白紙の百科事典のようだと思った。
 俺は一時間かけて音絵ちゃんのそのマインドトラブルを解きほぐしたのだった。

 仙台駅前で待ち合わせた。
 彼女は学校のセーラー服を着ていて、臙脂色のリボンタイをつけていて、始終、それを右手でいじっていた。
「はじめまして」
「はじめまして」
 太陽の光の下で、俺が、なぜ貴女は休日に制服を着ているのかと訊ねると、彼女はそのほうが三十歳の男性は喜ぶかと思ってと答えた。
 彼女の名前は音絵というのだし、それはいったい音楽好きなのか美術好きなのかどっちつかずの名前だから、彼女の両親はなんだかちぐはぐの性格なのかなと思われ、だからこそ彼女の精神もいったりきたりの激しすぎるブランコみたいなのかもしれない。振り切れすぎると乗っている人が宙へ飛ばされてしまうような。
「行こう」
 音絵ちゃんが私の手元から弾むように鞄を奪った。
 この時に俺は来て良かったと本当に思った。彼女はとてもよく笑っていた。私が来たことで彼女の気分が明るくなって良かった。
 私は東京を発つ前にインターネットの、古びて白く淀んだうどんのようなLANケーブルをマジックペンで赤く塗りつぶしたり、童話のお姫様のようなことをしていたのだが、また色めいたことのひとつも期待していたのだが、笑顔を見たらその気分がかき消えてしまった。



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