第76期 #9

『レッドキングの結婚』

 少年の小さな掌に握られた、かの有名な暴君の人形。名前とは裏腹に黄金にテカる(そう、黄金怪獣にも負けず劣らず!)、その雄姿。宇宙忍者の二つの鋏も、磁力怪獣の巨きな顎も、深海怪獣のドリルのような角も、伝説怪獣の長い毛も、四次元怪獣の前衛的なフォルムも持たないその格闘主義の出で立ち。狂暴性を表すような、先細りの頭となけなしの牙。へこんだ眼咼と合わせれば、まさに髑髏の顔を持っていた。少年に操られ、その剛腕は銀色の巨人を完膚なきまでに痛め付け、ブラウン管では果たせなかった死闘の勝利を演じ、銀色の巨人を倒した宇宙恐竜でさえも、彼の前では火球も出せずそのパンチに沈む。
 彼は、王だった。彼の前に現われたどんな怪獣も星人も彼を倒せない。そんな彼が唯一手を出せなかったものがいる。少年の女友達が忘れていった着せ替え人形だった。彼は少年が仲人となり、彼女と結婚した。名字を持たない彼が婿入りという形で、香山を名乗ることになった。彼は幸せだった。愛する者の傍らで、そこに暴君の姿はない。だがある日彼は、少年に操られるがまま、ミニスカートの彼女を弄び、服を剥ぎ取り、悦に浸る様になった。少年は面白がり、何処かで仕入れた知識を元に、色々な体位を彼で試した。少年には聞こえない彼女の悲鳴と彼の雄叫び。
 彼の幸せにピリオドが打たれる。彼は湿気のある玩具箱の底に詰め込まれ、押し入れの奥で息を潜めるようになった。久しく愛する彼女を見ていない。
 忘れ去られた彼が雄叫びを一つ。
 愛する彼女の所在を彼は知らない。少年もまた、二人の幸福を思い出すことはない。



Copyright © 2009 石川楡井 / 編集: 短編