第76期 #6

エイミー

絵美さんは結婚していたはずだ。少なくとも左手薬指に指輪をしていたのは確認済みだった。なのにどうして今月の社内報の“結婚おめでとう”欄に名前があるのだろう。しかも相手は第二製造課の遠藤くんになってるし…
「知らなかったの!?遠藤くんとエイミーのこと!」
パートの塩澤さんに聞いてみたところ、いつもの甲高い声を更に2オクターブ程上げて捲し立てた。そもそも絵美さんのことを、周りがエイミーと呼ぶようになったのは僕が原因だ。
絵美さんが総務課から異動してきた時期と、エイミー・ワインハウスがグラミー賞を受賞した時期が重なっていたこともあって、あの日本人離れしたスタイルと、長く癖のある髪型から仲間内でエイミーと呼び始めたのがいつの間にか広まってしまったのだ。
パートの塩澤さんによると、絵美さんが結婚していたのは本当らしい。ということは、離婚してすぐに遠藤くんと再婚したことになる。独身の僕にはわからないけれど、結婚するより離婚するほうが体力が要ると聞いたことがある。絵美さんほどの奥さんなら、旦那さんが簡単に離婚届に判を押すとは思えないが、そこまでして絵美さんは遠藤くんと結婚したかったということか。
「遠藤くんかっこいいからねぇ。エイミーの気持ちもわからなくもないわぁ。」
パートの塩澤さんは年甲斐もなく瞳をキラキラさせて呟いた。確かに遠藤くんは男の自分が見てもかっこいいと思う。しかも僕みたいに普段からニヤニヤしてる軽い男と違って、いつもクールでポーカーフェイス。いつ切られるかわからない派遣の僕と違って、正社員で若くして第二製造課の班長だ。将来の出世も約束されたようなものだ。
この際、どこでどう出会ったなんてどうでもいい。パートの塩澤さんに聞けばすべての種明かしをしてくれそうだけど、この休憩時間内では済みそうにない。ただ二月に異動してきて、七月に結婚っていうのがどうしても腑に落ちない。第二製造課と総務課に接点がないわけではないけど、二月以前に出会っているということは考え難い。二月の時点ではまだ結婚していたはずだ。女性は離婚して半年は再婚できないというのも聞いたことあるぞ。
「あれよ。今多いじゃない、事実婚っていうの。そうよね、入籍してないんだから再婚って言わないのかしら?」
パートの塩澤さんはまだまだ話したい口ぶりだったが、無情にも始業のチャイムが鳴り響いた。



Copyright © 2009 yasu / 編集: 短編