第76期 #7

パワーストーン

 また来たか、と私は大きなため息をついた。
 私の仕事場に、最近変な客が寄り付いている。というのは少し失礼かもしれないが、彼は本当にそうだから大変なのだ。商売をする人間からすれば客は神様のような眩しい存在であるはずなのだが、彼の場合はいくらお世辞でもそうは言い難い。
「これは何の石?」
 今月新しく仕入れたラピスラズリのポップを作っているときも彼は遠慮なしに話しかけてくる。しかも運が悪いのかそれは決まってバイトの子たちが休憩中や買い出しに行っていてひとりで店番をしているときなのだ。
 彼は薄い紅色の石をじーっと見つめながら、友達にでも尋ねるように気軽な感じで問うてきた。彼は問うてくるばかりで毎日店に足を運んでいるにも関わらず一度も石を買ったことがない。
「ローズクォーツ。女性にすごく人気」
「あ、そ」
「素敵な恋愛を運んでくれるの」
「ふぅん」
 せっかく人が答えてあげてるのに何だその面倒くさそうな返事は、と内心思いながらも私はボソッと言ってみた。
 本当に鬱陶しいと感じれば、無視してしまえばいいのだが、彼が時折子供のような無邪気な笑顔を見せるので何となく答えてしまう。このときもそうだった。話し相手の私には目も向けないくせに目をらんらんと輝かせている。
 そしてふいに問うてくる。
「あんたさ、何でこんなとこで働いてんの」
「は?」
 見ず知らずの客にあんた呼ばわりされる筋合いはないわ、と一瞬頭にきたがそういえばなんでだろう、という疑問の方が大きかった。
 何でなのだろう。特にパワーストーンに詳しいわけでも好きなわけでもないし、パワーストーンの意味や効果には少し胡散臭いとさえ感じている。
「こんなちっぽけな石なんかに本当に効果があると思うか?」
 私はむっと顔をしかめた。はっきり言ってそうは思わない。
「この仕事、楽しいか?」
 楽しいとか、楽しくないとか。そんなことは考えたことない。ただ何となく毎日カラフルな石に目を輝かせる客に石を売っているだけだった。でも石を買っていく客が元気になっていくのを見るのは嫌いじゃない。
「…大事なのは、この石の効果とか価値とかじゃなくて、石を持ってることによって気持ちが軽くなることでしょ」
 自分でもこんな言葉が出たことに驚いた。おそらく自分はこの仕事が嫌いじゃないんだろう。
「…じゃあ、これ買う」
 彼は千円札を乱暴に置いてたった160円のおつりも受け取らずに駆け足で店を出た。



Copyright © 2009 暮林琴里 / 編集: 短編