第74期 #27

蟻と作曲家

 近世のヨーロッパの話です。色づく秋の頃でした。
 並木道のベンチの上で盲目の作曲家は落ち込んでいました。
「あぁ……、なぜ私の曲はみなに受け入れてもらえないのだろう……」
 今日はコンサートの選考会でした。作曲家も曲を持っていったのですが採用されることはありませんでした。

 ベンチの横のススキの上で、ため息をつく蟻がいました。
「キリギリス君はいいなー、あんなに上手に楽器が弾けて。労働者階級の僕と違っていいなー……」
 キリギリスはバイオリンの名手で、彼が奏でる音色は虫たちをうっとりさせました。この蟻はほかの兄弟たちよりも非力で体も蟻一倍小さいのでした。いくら身軽な体でも重い食糧を運べないのでは役に立ちません。蟻は僕もキリギリス君のようになりたいと思っていました。
 作曲家は杖を突いて去っていきました。ベンチを立った時に紙が落ちました。地面に散らばった紙には「ラグリマ」と書かれていました。
「なんだろうあれは、線の上に黒い丸が並んでる。……まるで行進する僕たちみたいだな!」
 蟻は笑いながら散らばった紙を眺めていました。
「あれ? そういえば前にも見たぞ。確かキリギリス君が持っていたような……。そうだ! 楽譜だ!!」
 蟻はススキから駆け降りると小さい体でせっせと集めました。
「これがあれば僕も楽器を弾ける!」と嬉しくなりました。
 蟻は木とセミの鬚を使って自分だけのバイオリンを作りました。楽譜はギターの楽譜でしたが頑張って練習をしました。キリギリスも蟻が質問に来ると親切にわかりやすく教えてくれました。練習は何日も続きました。

 そしてある日。
「みんな僕を見てー! 僕の演奏を聴いてみてよ!」
 蟻はススキの上でくるくる踊りながらバイオリンを奏でました。上手にバイオリンを奏でつつピョンピョンとススキの上で跳ねる姿は、誰よりも本人が一番嬉しそうでした。
 そこへ盲目の作曲家が歩いてきました。
「……あぁ悲しい我が子達。どうしてお前達は人々に受け入れてもらえないのだろう。目が不自由な私は力仕事もできない。作曲家として生きていけないのなら、私に価値などあるのだろうか……」
 俯いた作曲家がベンチに近づくと、どこからか音色が聴こえてきました。
「あぁラグリマが! 誰かが、私のラグリマを弾いている!」
 立ち尽す作曲家の目から熱い涙が流れました。
 隣で蟻はステップを踏みながら、いつまでもバイオリンを奏でていました。



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