第72期 #15
外は大降りの雨だった。対向車のライトが揺れていた。
僕達はドームの帰り喫茶店に寄ることにした。明日仕事が早い貴子は先にアパートに送った。車を停め、絵美と喫茶店に入った。
「アイスを二つ」
窓側の席のクッションに体を沈めた。ここのところ溜まっていた疲れとは違う充足感に満たされていた。僕は一週間後から海外ボランティアに一年間参加する。
向かいに座った絵美は水の入ったグラスを見つめている。
「30日にもう一回遊ぼうよ、最後だからさ」
今日は僕を送り出そうと二人が声を掛けてくれた。車は僕が出した。
「いいよ、二人とも仕事があるし」
「私は大丈夫だよ」
また明日から準備に追われる。今日のドームのイベントは楽しかった。僕にとっての遊び締めだった。
「30日なら私も空いてるから」彼女は懇願の色を帯びてきた。僕は答えなかった。
ここのところ準備に追われて神経質になっていた。何度か絵美には不躾なこともした。自分の苛立ちに気付いていたから、思ったこともどうしたらいいのか分からない。そんな蟠りも重なっていた。
以前、絵美と優しさについて云い合ったことがある。優しくするには経験が必要という僕の考えと、優しい気持ちがあれば優しくできるという彼女。優しくすることはそんな簡単なことじゃないと僕は譲らなかった。
今日、貴子はお守りをくれた。その心遣いに心揺れた。
「貴子は優しく送り出してくれた。30日は親と居てあげたいし無理だよ」
「……じゃあ29日は?」
これ以上話すことはない。横を向くと大粒の雨が窓ガラスに当たり、波々と表面を流れていた。
来たコーヒーを飲み、口数少ない車内の中彼女を家に送った。
「体に気をつけてね」
「そっちこそ仕事頑張れよ」僕達の最後の日が終った。
一週間後、無事準備を終え出発の日を迎えた僕は待合場で機乗準備が整うのを待っていた。友人の何人かにメールを打っていた。貴子にもメールを送った。絵美に送ろうか少し迷ったが、絵美にも送った。
「私も伊勢まで行ったけど、二つも同じお守りは要らないと思ってあげれなかった。ごめんね……」
ゲートが開き、乗客が動き始めた。僕は目を瞑った。降雨に隠れながら、思い続けてくれた彼女の姿が流れてきた。
最後、彼女に「ありがとう」とメールを送り機内に乗り込んだ。感情が胸を焦がしてきた。
座席に着き、窓から外を見つめた。僕は出発する。そう思うと目前の窓に、雨が一粒流れた。